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2015年04月14日

自分が今生に生まれた理由 - 根源的な恐怖とのバトルの始まりの日に

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In Gods Image


私にはパニック障害という病気が若い時からありますが、最近、翻然とこれについて理解したのです。

(ただし、私自身についてのことだけです)

私は、

「病気になってしまった」

のではなく、

「私は病気にならなくてはいけなかった」

のです。

だから病気になった。

それだけのことだったんです。

これは、さきほど書いた In Deep の記事の中村天風の言葉でわかったということは正直に書かなければならないですが、「私という人間がパニック障害という”恐怖”を伴う病気にならなくてはいけなかった」という、その理由なのですが・・・。

私がパニック障害になったのは 21歳の時でした。

しかし、実は、私は小さな頃から、それこそ記憶が始まる3歳とかの頃から、

「根源的な恐怖」

を持っていた人間でした。
今でも思い出します。
意味のないことに脅える幼児だったんです。

「根源的」というのは、「理由のない恐怖」です。

つまり、生まれついてから「意味のわからない恐怖を持っている」ということです。

これをスピリチュアル系の方々などに言わせれば、前世とか、因果律とか、いろいろな言葉も出て来るのかもしれないですし、医学ならまた何かの定義があるかもしれないですが、理由や定義はどうでもいいのです。

とにかくそれがある。

根源的な恐怖を持ちながら、子ども時代を過ごし、老年期に入る現在に至っている。

そして、中村天風はこのように述べています。


心の安定を失うことの中で、一番戒むべきものは恐怖観念である。そもこの恐怖なるものこそは、価値なき消極的の考え方で描いているシミだらけな醜い一つの絵のようなものだ。


つまり、「恐怖という概念は問答無用に悪である」ということです。

上の天風の言葉で、ふとさとりました。

「オレの恐怖は外に露出させなければいけなかったんだ」

ということをです。

「じゃないと、悪と対峙できない」

いろいろと理由はあるにしても、自分が神経症やパニック障害になった根本的な理由は、自分の中に「根源的な恐怖がある」からだとは思います。

そして、理由や因果はわからないけれども、その「根源的な恐怖」は生まれた時からずっと私の中にあった。

私がパニック障害などにならず、穏便なメンタルライフを過ごしていたとしましょう。

その場合は、人生として最悪である、

「私は私の中の根源的な恐怖と現実として向きあうことがなかった」

という状態のまま曖昧な人生を送るだけだったと思われます。

パニック障害になったからこそ、その「悪魔」である根源的な恐怖が「実際の姿となって自分の前に現れた」のです。つまり、自分が障害を持ったということは「自分の中の根源的な恐怖と対峙させてくれた」という意味では、大変に重要な出来事だったわけです。

それを私は、二十代の時からベンゾジアゼピン系の薬とお酒で、悪魔の正体を隠し続けていた。

せっかく何者かが悪魔を出現させてくれたのに、その機会を生かさなかった。

でも、今やっとわかります。

根源的な恐怖、すなわち自分が生まれた時から持ち続けた「自分の中の悪魔」と対決できる時が来ているのかもしれないと。


まあ、恐怖は 50年以上続いているわけです。


その中では「音楽」も素晴らしい存在でした。

恐怖をやわらげてくれる音楽はいくつかあるかもしれないですが、中村天風の本を読んでいる時、私は坂本龍一さんの 1994年のポップスのリミックスを思いだしました。

「これを 432Hz ピッチにすれば、もっと恐怖に対抗できそう」とやってみたのが下のものです。

リズムのある曲は 432Hz があまり合わないものも多いんですが、これはいいです。これを繰り返して流しながら、中村天風の先ほどの部分を読み直していたりしました。

坂本龍一 - Regret (T.Mori Mix) 432Hz 変換バージョン



長い戦いになりそうですが、これ(根源的な恐怖を消滅させること)が奇跡的にでもできれば、私が今生に生まれてきた責任も果たせるのかもしれません。


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posted by noffy at 21:35 | 現世人類としての最期に

2015年03月09日

【21世紀生まれの少女少年に聴いてほしい20世紀のロック100選】ジョージ・ハリスンではなくて「センセイ」と私たちに呼ばれていた彼

ザ・ビートルズ - ウィズイン・ユー・ウィズアウト・ユー(1967年)


ビートルズは 1970年(私が7歳の時)に事実上解散していますので、私たちの世代は実質的にはビートルズのリアルタイム世代からはかなり離れているのですが、それでも、中学生くらいの時でも、

「音楽はビートルズとレッド・ツェッペリンから」

みたいな空気はありました。

私が最初にビートルズで感動した曲は、ラジオの深夜放送で聴いたジョン・レノンのレボリューション(1968年)という曲でしたが、これは今でも普通にサイケ的なロックとして一種の永遠ですので、特に今さら語るようなものではないと思います。

しかし、「感動」とは違うかもしれないですが、「驚いた」曲があります。

私が初めて聴いたビートルズのアルバムは、サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドという、Wikipedia によれば、ビートルズのアルバムで最も多く全英チャートのベスト1を獲得した大ヒット・アルバムでした。

このアルバムを聴いたのは中学1年生の時でした。

これまでに全世界で 3200万枚が売れているという超絶なヒット・アルバムですが、そのレコードのB面の1曲目は、ジョージ・ハリスンによる「ウィズイン・ユー・ウィズアウト・ユー」という下の曲でした。

Within You Without You (1967年)




「・・・?」


と私は思いました。

当時の北海道の中学1年生は「インド音楽」なんて知りません。

翌日、中学校でこのアルバムを貸してくれた友人に訊いてみました。

わたし「あー、ときに貴君はB面の1曲目をいかに思うや」
友人 「貴殿は何か異質を感じたとでも?」
わたし「ロックとは何たるかを貴君に問いたいと思うています」
友人 「わたくしはセンセイと呼んでおります」
わたし「何をですか?」
友人 「この歌を作った方です」
わたし「ジョージ・ハリ……」
友人 「言っちゃいかん!」
わたし「はい?」
友人 「センセイじゃ。センセイでいいのじゃ」
わたし「口調が中学生を逸脱しておりますぞ」


というようなわけで、口調は適当な表現となっていますが、以降、ビートルズのメンバーの話になる時に、やや「変化」が出てきました。

普通ですと、

「ジョン・レノンはさあ」

とか、

「ポール・マッカートニーはさ」

とか、

「リンゴ・スターってよ」

というようにビートルズは個人の全員の名前が的確にあがる珍しいバンドだったのですけれど、私たちは、ジョージ・ハリスンだけは、

「まあ、センセイの場合は」

というように、ずっと「センセイ」の名前で語っていたのでした。

この中学校の時の反射的行動は長く残っていたようで、何十年も経った 2001年に、

「ジョージ・ハリスンが亡くなったって」

という言葉を知人から聞いた時に、

「センセイが?」

と返していたほどでした。

ちなみに、「ジョージ・ハリスン先生」ということではないです。ジョージ・ハリスンという名前が「センセイ」という一言に集約されたということです。

それほど、中学生の私には、このウィズイン・ユー・ウィズアウト・ユーという曲が衝撃だったようです。

そして、このセンセイの曲のおかげで、その後さまざまな民族音楽を先入観なく聴くことのできる資質を身につけることができたのだと思っています、


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2015年03月06日

J氏の異次元との接触体験

ジローさんというのは、「Y嬢への謝罪」という記事などにも出てきた私の 30年以上の知人というか友人というか、そういう人です。

私の知り合いには現実的な人が多いんですけれど、このジローさんという人は、その中でも特に現実的な人で、オカルトだとかスビリチュアルとかそんなことにはまったく興味を示さないタイプの人なのですね。

あと、余計な夢とか希望とか、そういうものもあまり持たない人です。


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▲ self23 の 1988年の舞台より(新宿タイニイアリス)。チェーンソーで舞台を破壊しまくる若き日のジローさん。


先日、用事があって久しぶりに電話した時のことです。

なんか怪我をしていたのですけれど、それにまつわる話をしていた時に、

ジロー 「パラレル・ワールドってあるんだよなあとその時思ったよ」
わたし 「なんだ唐突に? パラレル・ワールド?」
ジロー 「うん」


という意表をつく展開の話となっていきました。

わたし 「ジローさん、そういう話、興味ないじゃん」
ジロー 「というかね、ああいう経験しちゃうと考えちゃうよ」
わたし 「何があったんだい」
ジロー 「えーとね……(話の内容は省略)」
 ← 省略すんのかよ!

まあ、簡単に書くと、彼が長々と説明してくれたことは、

夜中に踏切を渡っていた時に、突然意識が飛びそうになり、踏切内で倒れてしまった。その時に、ふとまるで目の上の空間に現れた(ように見えたというだけですが)顔の輪郭がよくわからない女性と思われる人物が、スーッとジローさんを踏切の外まで体をずらしてくれた。その「人物」はそのまま消えるように姿が見えなくなり、ジローさんはその謎の女性に踏切の外に助け出された後に再び意識を失った。

というような話なんですが、続けて次のような話をしました。

わたし 「そもそも、なんで意識が飛びそうになったん?」
ジロー 「いやあ、それはよくわかんないんだよ」
わたし 「病院行った?」
ジロー 「次の日に行った。体は何でもなかったけど、腕の骨が折れてた」
わたし 「ひぃッ、骨折するほどひどい倒れ方したんかい」
ジロー 「だと・・・思う。よく覚えてないんだよ」
わたし 「どうして、その女の人が人間らしく思えなかったの?」
ジロー 「近づいた時に感じた」
わたし 「感覚的な話?」
ジロー 「それもあるけど、普通は助ける時って声かけたりするだろ。その人、最初から無言で、ふわっと現れて、その上、俺をスーッと、あっという間に踏切の外まで出してくれたんだよ」
わたし 「無口で力持ちの女の人もいるだろう」
ジロー 「そういう問題かよ」
わたし 「しかし、その人が誰であろうと、その時助けてくれていなかったら、そのまま踏切の中で倒れていたわけか。轢かれていた可能性もあるんだね」
ジロー 「その時思ったんだけどさ。あの時、『電車に轢かれて死んでいた自分』の存在を感じたんだよな」
わたし 「複雑な話になってきたな」
ジロー 「多分、あの時、俺は死んでたんだと思う」
わたし 「今生きてるじゃん」
ジロー 「死んでも他の宇宙は交差しているわけでさ。今、オカと話しているこの宇宙は、その時の宇宙とは少し違うかもしれないとかさ」
わたし 「ジローさんの口から出ると、むしろ夢があるというより、深刻に聞こえるな」
ジロー 「助けてくれた女の人の異質感って、次元の問題なのかなと思ったり」
わたし 「うーん、ジローさんがそんな経験をする時代になったのか」



実はここのところ、この「違う次元の存在」と触れる人の話が周囲で妙に多くなっていて、もちろん、私自身はそんなものとは縁がないですが、正直、「ものすごい話」を見聞きしたりすることがよくあります。

それは、いわゆるスピリチュアルで語られることに近いのだけれど、本質的に違います。

うまくは書けないですが、今の世の中で語られるスピリチュアルが「一次元宇宙(ひとつだけの宇宙)」に立脚したものであることによることをつくづく認識させられる部分があるのです。

そういう意味では、今の世で語られる多くのスピリチュアルは「多次元宇宙の中では、あまり意味や価値のないものなのかもしれない」とさえ思うのですけど、まあしかし、ジローさんの話の場合は、本人も意識が朦朧としていたわけで、いろいろな思い違いや、あるいは勘違いがあるとは思います。

ただ、先ほども書きましたけれど、ジローさんという人がまったくオカルトやスピリチュアルに興味を持たない人であるわけで、

「そういう出来事を待ちわびている」ということはない。

ということがあり、話に尾ひれはついていないと思います。

しかし、なぜ、ジローさんが、そこで「他の宇宙」という直感に結びついたのかについては、よくわかりませんし、本人も「よくわからない」と言っていました。

だから、結局この件については、よくわからないと。

それにしても、周囲の人々は確かに何だかどうにもいろいろなことを経験しているようで、それがいいことなのか悪いことなのはわからないですが、考えさせてくれるところではあります。

私はといえば、相変わらず異次元的なめまいと奮闘中なだけです。


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posted by noffy at 18:09 | 現世人類としての最期に