2013年10月10日

FaceBook のアカウントを停止する方法

先日、 In Deep で書きました「ある日の朝、私はミスター・ラスティ氏になっていた」というタイトルの記事は、「知らない人に私のメールアドレスでアカウントを作られて、ログインされていた」ということを書いたものでした。

その後調べましたら、いくらか不明な点はありつつも、セキュリティ的には問題がないということはわかったのですが、いずれにしても、そのフェイスブックのアカウントは自分で登録したものではないですので利用をやめようと思ったのですが、これが思いの他、面倒でした。


こうもわかりにくいと、もしかすると、「フェイスブックにアカウントを作るだけ作って、その後、結局ほとんど利用していないのだけれど、利用停止の方法がわからなくて放置している」という方もいらっしゃるのではないかと思い、利用解除の方法について記しておこうと思います。




インターネット上に様々な個人情報やコンテンツが放置されているという現実

フェイスブックだけではないですが、今後の世の中では、個人情報だけではなく、個人が書いた文章やアップした写真などで、「まったくケアしていないもの」について、ネット上に放置しておくことは、あまりいいことではないと思っています。


たとえば極端な例ですけれど、ある日、法律が変わり、過去に書いた文章やアップした写真が法律に違反していたというようなことだってないとは言い切れないです。


あるいはずっと昔に何気なく書いた文章が、誰かを傷つけ続けているということもあるかもしれません。


インターネット上には、自分が書いてアップしたことも忘れている数多くの文章や、ログインパスワードを忘れてしまってそのままにしてあるような交流サイトのアカウントが数多く放置されているのが現状ですが、使わないもの、あるいは、必要がないと思われるものは「削除」や「利用停止」をしておくのがいいかと思います。

もちろん、利用しているものは問題ないですが、まったく使っていないブログや交流サイトを放置しておくことに意味はないと考えます。さらに、女性の場合だと、意味がないというだけでは済まない危険な問題もそこには存在するように思います。


ちなみに、今回、ヘルプを読んでいて知ったのですが、フェイスブックは、1度作ったアカウントを過去に書いたコンテンツごと完全に抹消することは事実上できない仕組みになっている部分があるようです。

なので、アカウントの削除ではなく、「利用停止」という措置となります。

ここからご説明します。



Facebook の利用解除

1. フェイスブックにログインすると、ページの上の右端に下で赤く囲んだマークがあります。ここをクリックします。

fbq-1.png



2. 下の項目が表示されますので、「アカウント設定」をクリックします。

fbq-2.png



3. 「一般アカウント設定」というページとなります。

fbq-3.png


左に「セキュリティ」という項目が表示されますので、クリックしますと右下の目立たない場所に「アカウントの利用解除」というリンクが示されます。そこをクリックします。

fbq-8.png




4. 下のようなページが表示されます。理由をひとつ選んで、「承認」ボタンを押します。

fbq-5.jpg

パスワードの確認など、いくつかの記入を求められますが、それをクリアすれば、フェイスブックの利用は停止されます。



5. その後、フェイスブックに登録しているメールアドレスに下のように「こんにちは、◎◎さん Facebookアカウントが停止されました」という内容のメールが届きます。これが届けば、利用停止されているということになります。

fbq-6.png


以上です。



なお、他のさまざまなネット上のサービスなどでは、退会の方法がさらにわかりにくいものがありますので、何かに登録する時は、「登録する前に、退会の方法を確認しておく」というのもよろしいかと思います。

サービス会社自体に悪意はなくとも、インターネットの世界は「自然に情報が拡散していく」という性質があり、場合によって、それがコントロールの効かない状態にまでなることがよくあります。個人情報の漏洩と拡散を完全に防ぐのはどんな人にも無理ですので、ある程度は諦めながら、ある程度は気をつけるというのがよいと思います。


Sponsored link




posted by noffy at 09:38 | 雑記

2012年10月30日

2012年の晩秋は花も愛でて女性も愛でるけど、男性は昔どおりの存在感のない同胞たちで



fl-10-26.jpg

▲ 秋の終わりの夏と冬の花の共演の一瞬です。10月26日。
--



家の電話に電話がありました。

相手 「あー、オレオレ」
わたし「ああ・・・それは今、足りてますので」
相手 「オレオレ詐欺じゃないですよ。オレですよ、オレ」
わたし「あー、だから、うちはちょっと大丈夫ですんで、他をあたって・・・」
相手 「オレですよ、ハナダですよ」
わたし「あー・・・」
相手 「・・・」
わたし「・・・えーと・・・」
相手 「忘れてるんですか」
わたし「いや、わかったけどさ」


というわけで、ずいぶんと会っていないむかしの知り合いから電話がありました。
ハナダくんという人です。


ハナダ 「久しぶりですよね」
わたし 「10年ぶりくらい?」
ハナダ 「そのくらいになるかなあ」
わたし 「じゃあまた10年後に! じゃあね」
ハナダ 「それで終わりですか!」
わたし 「いや、なんかもう人と話すの面倒でさ」
ハナダ 「昔から人の話きかないしねえ」
わたし 「あ・・・」
ハナダ 「何?」
わたし 「10年後って言ったけど、20年後にしよう」
ハナダ 「オレは嫌われてるんですか!」
わたし 「じゃあ、19年後」
ハナダ 「変な駆け引きはいいです」


最近、妙に昔の知り合いと偶然会ったり、連絡があったりします。

あと、変な偶然の重なりで結局、意外な昔の知り合いに繋がったりする。


わたし 「これはもう、オレもお迎えが近いんだと思うよ」
ハナダ 「まだ死んじゃう年じゃないでしょ」
わたし 「まず、キミからだろうけど」
ハナダ 「オレが死ぬんですか」
わたし 「この電話を切った途端にその心臓が・・・」
ハナダ 「本当に体弱いんだからやめて下さい」


というような話をしていました。

まあ、ハナダくんは「まだ死んじゃう年じゃない」と言いますけど、お互いに要するにぶっちゃけ 50歳ですからね。

昔でいえば、男性の寿命。

いや、今でもアフリカあたりでは、男性の平均寿命が 30代、 40代というのはよく見られます。

下のはアフリカの何カ国かの1958年からの平均寿命の推移。

アフリカ諸国の1958年から2003年までの平均寿命

Life_expectancy_in_some_Southern_African_countries_1958_to_2003.png


ボツワナとかジンバブエは、2003年の時点で平均寿命が 40歳より下ですしね。

その後、改善したというような話も聞かないですし、平均寿命がその国の人たちの年齢を決定づけるわけではないですが、平均でみれば、 40歳より前に亡くなる人が多いということはいえそうです。

上の表のウガンダなんかを見ると、最も平均寿命が高かった 1970年くらいで 50歳くらい。アフリカの平均寿命の低さはエイズが大きな原因のようですけれど、ウガンダの場合、エイズの登場以前から低い。

ウガンダといえばアミン大統領ですが、彼など亡くなったのは 80歳で、ウガンダ人としては相当長生きでした。ちなみに、アミン大統領って「人食い大統領」とか言われてましたけど、伝記をたどると、アミン大統領はどうやら菜食主義者に近かったらしく、肉はほとんど体が受けつけなかったそうです。




最近、「みんなで会いましょうよ」というような話が出ることが多く、ハナダくんもそのようなことを言っておりました。

ハナダ 「こんど、昔のみんなでパーッと集まりましょうよ」
わたし 「ああ、いいね! 2030年頃にパーッと・・・」
ハナダ 「そんなに先ですか!」
わたし 「いや、オレ、今、東京じゃないしさ」
ハナダ 「そっちでもいいですよ」
わたし 「2029年ってのは?」
ハナダ 「人間が嫌いになったんですか!」
わたし 「高島忠夫の息子って離婚成立したの?」
ハナダ 「ムチャクチャな話の逸れ方ですか!」
わたし 「あー、うるせえよ。もう好きにさせてくれよ!」


という心境の最近だったりします。



そういえば、夏の一番暑かった頃に書いた記事で、夏越しさせていたジュリアン(冬の植物で30度以上だと枯れる)のことを書いたことがありました。

下の写真は7月の終わりのもので、あまりにも暑い時にはクーラーに当てていました。




その後、8月も9月も日中 35度をキープし続けた猛暑。

さすがにダメかなと思っていたのですが、今、上の彼女は、下のように葉はボロボロになりましたけれど、花を咲かせようとしています。

julian-2012-10.jpg


どうやら、地獄の夏をこのジュリアンは生きのびたようです。


次は冬。

この夏と秋を楽しませてくれた草木たちに地獄が訪れます。


気候だって、今までと同じかどうかもよくわからない。
でも、着々と夏の植物の冬支度も始めています。

私たち人間にはジャスモン酸エステルを分泌させる力があるのだから大丈夫。

上の意味がわからない方は、In Deep の「人類が獲得し得る「最強の農業テクノロジーの可能性」とは」をお読み下さると幸いです。

しかも、これは私もその後に、実証できるくらいに植物栽培で確信してます。
上のジュリアンもしたことといえば、「毎日さわること」だけでした。

この概念の基本は、

・植物をさわる
・無視しない

というだけです。
本当に他に何もないのです。


これを知ってから、私は自分の子どもを以前よりよく抱き上げます。

まあ・・・多分ですけど、人間も「さわられる(意識を向けられる)」ことには、きっと「明確な」意味があるような気もしています。


Sponsored link




posted by noffy at 21:51 | 雑記

2012年09月22日

春以来、何ヶ月も家族以外の誰とも会っていなかったんですが、この夏は、昔の知り合いの何人かが、たまにこちらまで会いにきてくれたりしていました。

数日前も、学生時代からの知り合いがやってきて、居酒屋で飲んでいると、ふいに友人が「自分の人生」について語ろうとし始めました。


知人 「"花"って歌あるじゃん」
わたし「知ってる知ってる、松島のお杉さんがどうのこうのっていう」
知人 「違うわ! なんの歌だよ。泣きなさい、笑いなさいってやつだよ」
わたし「マナカナって分裂したらしいじゃん」
知人 「人の話を聞けよ!」
わたし「聞いてるって」
知人 「えーと・・・何の話か忘れたじゃねえか!」
わたし「すぐ忘れるような話はもともと大した話じゃないんだよ」
知人 「あ、花だ、花」
わたし「ああ知ってる。松島のお杉さんがどうのこうのっていう」
知人 「だから違うわ! 話をそこに戻すな!」
わたし「だから、早く話してくれよ」
知人 「あの歌詞の中にさ、川は流れてどこ行くのってあるんだよ」
わたし「そういえば、小林一茶ってすげえの」
知人 「話を最後まで聞けっつーの!」
わたし「はいはい」
知人 「川っていうのはさ」
わたし「ねえ、『ゆで卵の塩辛乗せ』っていうの頼んでいい?」
知人 「メニュー見てんじゃねえ!」
わたし「ちゃんと話聞いてるって」
知人 「俺も最近は自分の人生をまるで川のように感じてさ」
わたし「すいませーん、注文お願いします」
知人 「思えば長く生きてしまったということと同時に・・・」
わたし「あと、マグロのブツを。え、ない? そうですか、じゃあ・・・」
知人 「川のように生きていくのも・・・」
わたし「うめー、このモツ」
知人 「ホントに聞いてんのかよ!」
わたし「聞いてます、聞いてます」
知人 「オカは・・・・・相変わらず人の話を聞かないねえ」
わたし「わあ、『ゆで卵の塩辛乗せ』失敗。まっずーい」
知人 「徹底的に聞いてないのかよ!」



そんな感じで、旧友と昔話に花を咲かせていたのですが(咲いてないじゃん)、上に「小林一茶ってすごい」という私の話があります。

人の話を聞かない友人にその話は遮られてしまいましたが、何がすごいのか。

これは以前、何かの記事の資料として小林一茶の俳句を調べていた時に、Wikipedia - 小林一茶の以下の記述にあたったことにあります。赤い字は私によります。


Wikipedia - 小林一茶より

62歳で2番目の妻を迎えるも老齢の夫に嫌気がさしたのか半年で離婚。64歳で結婚した3番目の妻やをとの間に1女・やたをもうける。

残された日記によれば、結婚後、連日連夜の交合に及んでおり、妻の妊娠中も交わったほか、脳卒中で58歳のときに半身不随になり63歳のときに言語障害を起こしても、なお交合への意欲はやむことがなかった



私は思わず、「あのな、ジイサン・・・」と、つぶやきました。


上の Wikipedia には、

「一茶のつくった句は約2万句と言われ、芭蕉の約1000句、蕪村の約3000句に比べ非常に多い」

という小林一茶の創作のエネルギーもどうもそのあたりとも関係しているのかも。

issa-01.jpeg

▲ 小林"好色"一茶。手に持っているのも、こうなっては、別の道具の意味を考えてしまいます。


ただまあ、上の小林一茶の「盛んな性生活」のことを知り、「俳人と性」ということに興味を持ち、調べていると、上の比較の中に出てくる松尾芭蕉にはこのようなページが存在しました。

「教えて goo」にある「質問 松尾芭蕉は衆道(男色)でしたか?」という質問に対してのいくつかの回答。


回答 No.1
芭蕉は痔に悩んでいたそうですが、これによって芭蕉はアナルセックスの愛好者であったと推測できます。したがって、芭蕉が衆道(男色)であったことは間違いないでしょう。

回答 No.2
松尾芭蕉については全然知りませんが、痔だったからアナルセックスの愛好者だったんだと決め付けるのは、あまりに短絡的な暴論でしょう。

回答 No.3
織田信長と森欄丸、武田信玄と寵童春日源助(高坂昌信)、上杉謙信と直江山城守兼継らは、紛れもなく同性愛の関係にありましたが、松尾芭蕉が忍者とか、そのような関係にあったと云う文献はありません。



これを読んで、ふたたび私は「あのな、あんたら・・・」と思いました。

何の論争をしとる。



そんなわけで(どんなわけだ)、100年くらい続いたかと思った夏でしたが、昨日今日と急速に涼しくなってきました。昨日、道を歩いていたら、近所にある八百屋さんの前で店のおばあさんと、お客さんが話をしていて、八百屋さんのほうが、

「やーーーっとだよ、やっと。もう毎日毎日暑くて暑くて、もうたまったもんじゃなかったからね」

と言っていました。

みんな、長い長い夏を苦しんでいたようです。

私もそのおばあさんの言葉をきいて、空を見上げ、太陽に向かって、

「バアサンの言葉を聞いたろ、太陽」

と、声に出してつぶやきつつ歩いていくのでした。



また見た、富士山上空の赤い空

そういえば、In Deep のこちらの記事で、「富士山の上空が赤かった」っての書いたんですけど、一昨日もまた見たんです。

今度は夜中に目覚めた時で、夜中の1時くらいですかね。

「赤」というと、夕焼けっぽい色を想像されるかと思うんですが、そっち系の赤ではなく、ワインレッドというか・・・まあ、血の色ですね。

以前、アメリカで磁気の影響で空が真っ赤になったことを記事で紹介したことがあるんですけど、あんな赤でした。


2-ohio.jpg

▲ 2011年10月24日の米国オハイオ州コロンバス市の夜空。2度見た「赤い富士山の上空」もこんな色でした。


それにしても、最近、なんだか富士山が気の毒で。
「噴火したら悪夢だ」とかそんなことばかり言われて。

メディアなんか、「富士山、近く噴火!戦慄の最悪シナリオ…首都圏はブラックアウト(ZAKZAK)」みたいな記事のタイトルをつけたりしていて、「これじゃ富士山が単なる日本にとっての悪者じゃん」と思ってしまいます。

これなんかも、あんまりこんな調子が続くと、昨年のエレニン彗星の自殺と一緒で、死んじゃうかも。


ふだんは日本の象徴だ、あっぱれ富士だと褒めちぎるのに、「火山の最も大事な仕事である」噴火をするとなると「悪魔扱い」。

しようがねえなあ、と思います。

火山の仕事は噴火すること
火山は風景として眺められることがメインの仕事ではありません。
それが最近わかりました。

噴火してこそ火山。


ところで、どうして今回、突然日記を書いたかというと・・・忘れました(笑)。

実はクレアの日記は夏も何度も書いていたんです。

でも、書き上がって、読んでみて、「やっぱりアップするのやめよう」と結局一度もアップしませんでした。


この夏は(今もだけど)頭が完全に狂っていて、何を書いたんだか自分でもわからないような狂気の日記ばかりでしたからね。

バロウズという人の『裸のランチ』っていう小説があって(小説は読んだことはないですけど)、それは映画にもなっていて、その映画のシーンみたいなマルキ三昧のような文章をずいぶんと書いて破棄した夏でした。


Naked-Lunch.jpg

▲ カナダ映画『裸のランチ』より。

そんな感じで、そのうち、また書きます。


Sponsored link




posted by noffy at 17:53 | 雑記