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2014年07月29日

解放の魂の亡霊が残る吉祥寺に勝手に「碑」を作ろう

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yuku.com


ふと気づくと、前回の記事から、1ヶ月をはるかに過ぎたほども経っているんですね。クレアには「気楽な日記でも書こう」と思って、たまに書いていたんですけど、ちょうど前回の記事を書いた後ころから、

「なんか気楽な感じになれない」

というような気分というか、そういう考えの日が多かったからかもしれません。

ま、悪いのは本ですね。
ガラにもなく、本なんて読むのがいけなかった。

最近買い込んだ数は結構なものですが、特に、

ヌーランド『人間らしい死に方』
須原一秀『自死という生き方』
ブラッティ『エクソシスト』

あたりは特に考え込むキッカケとなってしまっています。



今でも「遊びの死骸」が漂っているかもしれない場所

そういえば、昨年から「連絡する前の日はお互いの夢にお互いが出てくる」ということが判明した昔からの友人がいます。ヨシハラくんといいます。

この人も若い時にやっていた劇団のようなものの最初の頃からの知り合いで、私より5〜6歳年下だと思いますが、私よりはるかにしっかりした社会性を持つ人物でもあります。十代の頃は広島で愚連隊くずれみたいな存在だったようですけど、東京に出てきてからデザイナーの仕事を始めて、今は東京の新宿に事務所を構えています。知り合って、27年になります。

過去記事の、

永遠の「この間」の輪廻の中で - 追悼・のようなもの
 
という記事に書きました、昨年の暮れに亡くなった、私の長年の友人の田中くんもヨシハラくんとは共通の知り合いで、15年くらい前までは東京の吉祥寺などでヨシハラ、田中くん、そして私、の3人で華々しく飲む日々が続きました。

とはいっても、田中くんは「一滴も」お酒が飲めない人で、ウーロン茶などを飲みながら、その場を楽しんでいるというタイプの人だったのですが、私などの羽目の外し方は当時が最も激しかった頃でしたので、半端ではない吉祥寺の思い出を持っています。

地獄に行くための「7つの大罪」(「暴食」、「傲慢」、「色欲」、「強欲」、「怠惰」、「憤怒」、「嫉妬」)のいくつかが吉祥寺の時代だけで獲得できていたかもしれません。

欲望的な意味では、もうすっかり老人となった今から振り返ると、不思議にさえ感じるギラギラ感があった頃でした。

いずれにしても、この3人で会うことも多かったです。


今年の夏前に、田中くんと共通の知人だった何人かと飲んでいた時に、

「お墓参りどうするよ」

という話になったことがあります。

何しろ、田中くんとは公的な、いわゆるビジネス的な接点は 10年以上なかったわけで、もともとが彼の実家の連絡先を知っているわけでもないし、親類縁者の連絡先も知らない。これで、お墓の場所を探し出すのは大変だろうなあと思っていたわけです。

その時、ヨシハラくんが、

「オレ探しときますよ」

と言って、そして、しばらく経った先日、夢に田中くんとヨシハラくんが出てきたのですね。

朝起きて、

「ああ、なんかお墓のことでわかったのかな」

と思っていたら、その日にヨシハラくんから電話があって、田中くんの実家の関係の人と連絡が取ることができて、その結果、ご両親が高齢のため、まだ納骨をしていないのだとか。

「あー、お墓ないんだ」

と私は言いました。

そして、私は以前から考えていたことを、ヨシハラくんに言いました。


わたし 「あのさ、オレ、吉祥寺に田中くんの『お墓』作ろうかと思ってさ」
ヨシハラ「(笑)。なんですか、それは」
わたし 「考えてみればさ、肉親ではないオレらにとって、残ってるのは思い出だけだろ? だから、骨なんかなくても、いちばん思い出の残像が残っている吉祥寺に墓作ればいいかなと」
ヨシハラ「どこに?」
わたし 「どこでもいいんだよ。飲み屋通りのビルとビルの間とかでもいいんだよ」
ヨシハラ「お墓そのものは?」
わたし 「ちっちゃな石かなんかに名前彫って・・・まあ、お墓というより『碑』だよ。モニュメント。他の人からはお墓だってわからなくしとくの。マトリョーシカみたいな形でもいいや。そして、吉祥寺に用事で行くことがあるたびに、そこでちょっと拝んだりさ」
ヨシハラ「確かに吉祥寺では考えられないほど激しく飲みましたねえ」
わたし 「オレたちの最も俗的で解放的な精神の亡霊みたいなのがね、今でも吉祥寺に漂っているんだと思うんだよ。そういう意味では、吉祥寺はオレたちにとっての共同墓地だよね」
ヨシハラ「(笑)」
わたし 「今度、吉祥寺に行くときに、まあ・・・お墓じゃなくても、なんかの祈念碑をどこか撤去されないような場所に置いておくから」



というような話をしていました。

いずれにしても、今年のお盆は、追悼会として、何人かで飲むことになりました。

こっち(所沢)のほうまでみんな来てくれるようです。

そういえば、先日、奥さんが子どものために、テレビで放映されていた映画「ハリー・ポッター」を録画していて、私もハリー・ポッターなんて見たことがなかったので、一緒に見ていましたが、見る前に奥さんが、

「田中さんとわりとそっくりな人が出てくるよ」

と私に言うので、どんな人かと思いましたら、ハグリット、という役名の下のような人でした。

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「ああ・・・まあ、雰囲気的には似てなくもないけど、やっぱり、田中くんはキューブリックかなあ」

以前の In Deep の記事に載せた下の感じが最も近いですかね。

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「髪型と体系でハグリット、顔でキューブリックだな」

ということになりました。


そういえば、前回の記事のタイトルは「ツバメへの愛とラモーンズへの愛」というものでしたが、ラモーンズのオリジナル・メンバーの中で最後の生存者だった初代ドラマーのトミー・ラモーンが 7月11日に亡くなっていました。

ラモーンズ初代ドラマー、トミー・ラモーン死去
 MTV News 2014.07.14

ご冥福をモゴモゴ・・・というような対応を繰り返しつつも、これから先も知人も知らない人も含めて、私の人生の記憶の中にある人びとが次々と死んでいくのは事実。

そして、私は本に囲まれつつ、「自分の人生の管理責任」を考えています。
タグ:吉祥寺


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posted by noffy at 16:06 | ペアである自分