2013年04月12日

違う世界で: 火星からこちらを覗く宇宙人の宇さんを見て思い出す「光る佛」



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▲ 漫画家の花輪和一さんが描いた、1981年頃のロックアルバム「タコ」のレコードジャケット。当時、北海道に住んでいた私は、通販でこれを買いました。
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十代の私の価値観を反転させた花輪和一さんの漫画

私が最初にカルチャーに対しての価値観を変えることになる体験をしたのは、確かに中学時代に出会ったパンク音楽の影響は大きかったとはいえ、もっと根本的な価値観の変転のキッカケとしては、同じ頃の中学の時に偶然見た花輪和一さんという漫画家の人の漫画を読んだ時でした。

花輪さんに関しては、Wikipedia にわりと詳しく出ていますが、一般的にその名前がメジャーとなったのは、刑務所に服役していた時の経験を書いた『刑務所の中』という漫画が、2002年に山崎努さんの主演で映画化されたりした頃からだったと思います。


しかし、私はその30年くらい前に花輪和一さんの『不幸蟲』という漫画を読んで、まさに「死ぬほどショック」を受けて、それ以来少し頭がおかしくなりました。


その漫画を読んだのは中学生くらいの時だったと思うのですが、親戚の家に遊びにいったら、そこのお兄さんの買っていた青年漫画誌で、確か当時の漫画アクションという雑誌だったと思いますが、そこに出ていたのでした。『不幸蟲』は現在は「新今昔物語 鵺(ぬえ)」という単行本に収められているはずです。

あまりにもグロテスクな漫画でしたが、読んだ後、しばらく呆然としていて、


「この世にはこんな世界観があるんだ」


と、世の中への見方が少し変わった気がしたものでした。
そして、その日から少し生きているのが楽になったのも事実です。


「別にきれいなことばかり考えなくてもいいんだ」


と楽になったのです。


ところで、その花輪和一さんの漫画は、平安時代の話が多いのですが、「光る佛」という作品があります。

これは、冒頭が、


平安末期から鎌倉初期頃の説話集「宇治拾遺物語」の中に

かきの木に佛現ずること

という不思議な話がある。



で始まるものなのですが、私は「宇治拾遺物語」というものがどんなものなのかは知らないですが、花輪さんが描いた「柿の木に現れた仏」が下の絵の仏様。これが柿の木の佛として描かれている。

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もう(笑)、いろんな要素がくっついたような仏様なんですが、土偶とか宇宙人とか、そういうイメージも強そうです。花輪さんの漫画には、平安時代の人々の「神様と宇宙と人間の関係」を描いたものが多く、極めてグロい描写が多いですので、万人にお勧めすることはできないですが、平安時代から変わらない人間の業や強欲と、そして、今とは違う神様と人間の生活との関係が描かれます。


宇宙人・・・。このフレーズは最近では、私の中ではすでに現実感がなく、上のような創作の中だけの話となっている感じもあったんですが、先日見た「火星の写真」の風景に「お?」と思ったことがありました。





宇宙人の宇さんが火星にいた

クレアの先日のこちらの記事などで、大島弓子さんの「ダリアの帯」という漫画のことを書いたことがありました。

その大島弓子さんの漫画で私が好きなもののひとつに「ロングロングケーキ」という漫画があります。宇宙人との恋愛に関するファンタジーですが、「無数に存在する多次元宇宙と夢の関係」に迫る漫画の代表格でもあります。

具体的なストーリーはともかく、「宇さん」と名付けられた宇宙人が出てきます。彼(彼女、あるいは物体)は「実体の姿を持たない」ので、一緒にいる相手の観念に合わせて、どんな姿にも変わることができます。

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▲ 大島弓子さんの漫画「ロングロングケーキ」より宇宙人の「宇さん」。現在は、「秋日子かく語りき」という単行本に収録されています。



さて、つい少し前、私は火星の無人探査機ローバーの写真を NASA のサイトで眺めていましたら、下のような写真があったのですね。

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まあ、「火星の地表になんか写っている」のですけれど、上の写真をどんどんと拡大している時に、私は、


「あ、宇さんっぽいのがいる」


と思わず喜びました(笑)。

拡大した写真の下の丸のあたりですね。

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なんかこう、のっぺらとした人っぽいのが見えまして。

上の写真についてはこちらの記事でふれています。



「なるほど、宇さんも現れてきたか・・・」


と思いました。

何が「なるほど」なんだかよくわかりませんけれど。



ところで、花輪和一さんの「自分の表現についての考え方」は、私とよく似ていることを Wikipedia を読んで知りました。

花輪和一 - Wikipedia より抜粋します。太字は原文のままです。


異色の獄中記漫画『刑務所の中』を発表、映画化もされ大ヒット作となった。

同作品は第5回手塚治虫文化賞の最有力候補となったが、「マイナー漫画家を自負する自分としてはいかなる賞も貰う資格がない」という信条を明らかにしつつ「自分は手塚治虫から影響を受けていない」として受賞を拒否している。



似ているというのは、この中の「マイナー云々」のことを言っているのではなく、「自分の身の丈」というものを知りながら生きているというような意味かもしれません。

私も二十代くらいまでの若い時は身の丈もよく知らずに生きていたこともありましたけれど、次第に現実の世の中で生きている中でそれを知っていきます。


ああ・・・この世界は自分の世界とはちょっと違う世界かも


ということが少しずつわかってきて、それでもその中で十分に楽しみながら生きてきました。

上で「ちょっと違う」と書きましたけど、実際には「ちょっと」どころではなかったわけで、今の世の中の価値観はかなりの部分で自分とまったく逆のことが多いです。


それでも、反逆が嫌いな私は、二十代の終わりの頃には、


「この世にいること自体はもう諦めて、淡々とこの世界で生きていこう」


と思ってはいました。

生まれてから死ぬまでの数十年くらいなら別に我慢できない期間ではない。

そうして、終わりが来る。


願わくば転生や輪廻などすることなく(できればそんなことには巻き込まれず)、完全にこの世からお別れする日を夢見続けてきた人生ではありました。

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▲ 大島弓子『秋日子かく語りき』のラストページ。



でも、人生そのものは楽しかったです。
周囲の人たちのお陰ですけれど。

世界に馴染もうとしなければ、この世の中もいい世界だと思います。


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posted by noffy at 06:48 | 現世人類としての最期に