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2013年04月07日

恐怖の源泉と未来の方向性を教えてくれるトビー・フーパーと森田療法



下の映像は、20年くらい前の私の舞台のフィルムに適当に字幕みたいなのを入れたものです。グロく見えますけど、血みどろで座っているのは私で、私自身は楽しんでいるので怖いものではないです。見ている人たちは怖かったかもしれないですけど。






上みたいな妙なものを貼ったのは、私はずっと、

「なんでオレはこんなことしてんだろ」

と思うことは多かったからです。


上みたいな表現ばかりやっていますと、本当によく「反逆的な人間」と思われたり、そう言われたりといった勘違いをされることが多かったですが、でも、むしろ逆で、私のブログを何度か読まれたことがある方ならおわかりかとも思いますが、どちらかというと、反逆とかが嫌いなほうです。


水が流れるように無抵抗で生きていきたい。


なのに、自然と自然と上の映像のような方向に行ってしまう。
というか、心の底からやりたくてやってる。



私だって、小学生くらいの時は

「大人になったら毎日ネクタイをしめて、車で会社に行って、残業とか大変だけど、家に帰れば可愛い奥さんがチュッとしてくれるから、それでOKさ。江分利満氏の優雅な生活ってやつだよな」

とか思っていたんですよ(どんな小学生だ)。



でも、中学生くらいの時には、「自分には将来そのものが存在しない」ことに気づいてしまいました。




人間の体の中に恐怖を隠せる場所はなかった

話を一番上の映像に戻しますと、「どうしてなんだろう」という方向性について、私が薄々思っていたことをほぼ代弁してくれるドキュメントを最近見たんですね。

トビー・フーパーという米国のホラー映画監督で、後にポルターガイストなどの家族向けホラーも多く撮りますが、彼のデビューは、私が今でも「世界で最も恐ろしい映画」と考えてやまない「悪魔のいけにえ」なんです。

米国の映画で「アメリカン・ナイトメア」という米国を代表するホラー映画の監督など4人に対してのインタビューが軸となるドキュメンタリーがあって、先日近所のレンタルビデオ屋で 300円で売られていたんです。

そのレンタル屋は隣がローソンで、もともと私はローソンのおでんを買うためにそこまで行っていたわけで、

「おでんをやめるという選択でもいいのだろうか」

と迷いましたが、結局、 DVD を買って、家で飛ばしながら見ていたら、これが本当に良質のドキュメンタリーで、どうしてアメリカでホラーが飛躍的に過激化していったかかという心理的な理由がよくわかるんです。


ひとつは 1950年代以降のアメリカというのは、「現世人類がこの世に誕生して最も暗くて辛くて恐怖に満ちた時を送り続けていた」ということがわかって、もうひとつは「恐怖の隠し場所はない」ということでした。

飛ばしながら見ていたとはいえ、


「ああ! そう恐怖。子供のころの恐怖。オレもこれが源泉だ」


そう思わず呟いた次第です。



私は今でもですが、子供の頃は人一倍恐がりで、臆病で、それは異常なほどでした。


この世のあらゆるものが怖い。


そして、トビー・フーパーもそういう人だったらしいんですが、子供の頃に親戚から聞いた「人の顔でランプシェードを作る話」が頭にこびりついて、その話を自分の中で消すために、無理矢理、記憶の片隅に追いやろうとして生きていたらしいのですが、「無理矢理詰め込めたものが飛び出す時のエネルギーは強かった」と。


「記憶の中で開いてはいけないドアも、結局、無理に閉めているだけのドアだから、いつかは開いてしまう」


という表現をしていましたが、生きる中で「自分の頭の中から恐怖を消そう消そう」とする。しかし、消えない。むしろ抑圧していた分、激しい噴出をする


病気でいえば、強いトラウマからくる PTSD などのパニック障害もそうだと思いますが、トビー・フーパーは映画を作った。それが「悪魔のいけにえ」だったということのようです。


今回、そのトビー・フーパーの語ったそのくだりを書き留めてみました。

いい話だと思います。

映像を貼ろうかとも思いましたが、「悪魔のいけにえ」のシーンが断片的に挿入されて、ちょっとキツすぎると思いまして、文字を書きおこしました。




トビー・フーパーのインタビュー
ドキュメンタリー映画「アメリカン・ナイトメア」より

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子どものころ、親戚からウィスコンシンに住んでいた男の話を何度も聞かされた。

人の皮でランプ・シェードを作る話だった。
冷蔵庫に心臓が入っていた話もあった。

でも、子どもだった私の頭にこびりついて離れなかったのは、人の皮で作ったランプ・シェードの方だった。

子供心に震え上がったものだった。

7歳か8歳の時にこんな話も聞いた。
医学生がハロウィンで死体の顔の皮を被ったと。

それらの話は怖すぎた。

私は何かとその話を忘れようと努力した。
記憶を意識の奥底に...閉じ込めたんだ。
悪夢の宿る場所に…。

そこには不気味なものがうごめいている。

そして、特に決して開けてはいけないドアがある。
しかし無理矢理閉じ込めているからドアは少しずつ開いてしまう。

そこから飛び出したイメージが悪夢を蘇らせてしまう。

つまり、それらは私が子供時代に恐れていたイメージと同じだ。

(悪魔のいけにえは)うまい具合に収まっているよ。

頭の中でゴソゴソ音を立てながら、他の怖いイメージと調和している。

そいつらは常に「振動」しているんだ。

振動が激しくなり、ついにドアをバタンと叩きつける。

すると、不気味な音が響き出す。







現在の地球の数十億人が、ほぼ同じように「恐怖を頭のどこかに隠そうとして、そして失敗してしまう」ということを繰り返している。

でも、人間にはほぼ全員に恐怖がある。



どうしたものか。



このあたりをクリアする時代が、「いい時代」ということになりそうな気もするのですが、このあたり、100年以上前の大正時代の精神科医で、神経症への対応の「森田療法」というものの創始者である森田正馬さんという医学博士の行き着いた考え方のひとつである、

「あるがまま」

という概念が未来の「いい時代」にひとつの示唆を与える気もするのですが、これは理論で語ることのできる問題ではないですので、書ける時がありましたら、書いてみたいと思います。



むかし・・・今から30年以上前ですが、工藤冬里さんという前衛作曲家の作曲で、大村礼子さんっていう人が歌った「死」というタイトルの曲は、



死は最後まで私のもの



と静かな声で、9分間も繰り返し呟き続ける曲なんですが、しかし一方で、先日の In Deep の私たちに残されたかすかな「破局の回避」の可能性のために(1)などを読み返しますと、



死は最後まで私のものであり、私以外のものでもある



ということにはなりそうで、ロシア宇宙主義の

「死の克服」

と、森田博士の

「あるがまま」

の観念がうまくかみ合えば、結構いい世界はできそうな気はするのですけれど。


ま、しかし・・・・・・・難しいでしょうね。


私はそんなに楽天的でも理想主義者でもないです。


上の「死」という歌、YouTube を探しましたけどないようです。

私はアルバムを持っているのですが、「死」は全部で 10分近くあって全部をアップするのは手間としてキツいですので、最初の1分ほどをアップしておきます。基本的には残りの8分もおおむね同じです。


工藤冬里 / 大村礼子 - 死





なお、前回から「現世人類としての最期に」というシリーズ名を入れていませんが、タイトルが長くなるからで、基本的には続いています。そのかわり「現世人類としての最期に」というカテゴリーを作りました。


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posted by noffy at 00:41 | 現世人類としての最期に