2013年03月27日

現世人類としての最期に(9) - 巨大なウソが限界にまで積み上がった世界の中で



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▲ 大島弓子さんの『ダリヤの帯』(1985年)のラストの見開きページの一コマより。
これに関しては、今回の記事の一番最後のほうに出てきます。






米国で可決された「すべての例外を認めない」中絶禁止法の成立に思うこと

米国ノースダコタ州で「すべての例外を認めない」中絶禁止法が成立したということに関しての記事を今朝のロシアのイタルタス通信の記事で読みました。

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イタルタスより。



最初に書いておくと、私はクリスチャンでもないですし、あるいは、中絶などに対して「どちらが良い悪い」の判断を持ちません。あまりにもケースバイケースだからです。

もちろん、できるなら芽生えた生命はすべてこの世に出してあげたいとは思いますけれど、個人個人の様々な理由は存在したり、あるいは、性犯罪などによって望まない妊娠をしてしまう女性も数多くいると思います。

上の米国の州議会で成立した法律は、「そのすべての理由を認めない」というもので、つまり性犯罪でも何でもほぼ完全にすべてを認めない中絶禁止法令を可決しました。


実はどんなことでもそうなんですけれど、

物事は法律で禁止されるとそれはどうなっていくか

というと、どこのどんな国でも、

アンダーグラウンド化していくだけ


なんです。
その存在が世の中からなくなるのではなく、「もっと悪い状態で蔓延する」わけです。

つまり、正式ではなく「闇の人たち」が、それらに対しての支配力を持つのです。

それはたとえば数々のドラッグや性に関する産業や訪問販売等の例を見ても一目瞭然だと思います。

これは、何でもどんなことでもそうです。




上に「性産業」の文字を書きましたが、日本でも他の国でも場合によっては厳しく禁じられています。日本は「制限事項付き」ということで認められているように思われていますが、実際には(麻雀やパチンコの換金などと同じで)、解釈の問題であり、実質には禁じられている国のひとつといえます。


(注)上の部分はちょっとわかりにくいと思いますので書いておきますね。

麻雀
日本ではすべての私的な賭博は禁じられていますが、麻雀店では、実際にはお金を賭けていない人はいません。

パチンコの換金
パチンコ店は、客に玉を「貸して」その当たり玉やコインを「景品」に取り替えることも可能な場所で、つまり「ゲームセンター」なのですが、一般的なゲームセンターとの違いはその「景品」を買い取ってくれるお店が「パチンコ店とは別に存在する・・・ということで、「パチンコ店そのものはギャンブルとは関係ない」という建前で成立しています。

性産業
たとえば、「女性とふたりでホテルに行く」ことは法律では禁じられていません。そして、その女性にお金を上げてはいけないという法律もありません。建前では「そこでは何も起きていない」ということです。すべての性産業はこのように「建前と抜け道」で成り立っています。

他にも様々なことに上のような、法律に対しての建前が存在するということを書きたかっただけで、「良いとか悪い」とかを言いたいわけではありません。ご存じない方も多いかと思いましたので書いてみました。




さて、話を戻しますと、では、そういう国に性を媒介した商売がないのか、というと、建前は別として、性のビジネスがない国は存在しないと思います(ひとつも)。さらには、中東など「死刑まで適用されるような」厳しい国になればなるほど、アンダーグラウンド化は進んでいきます。


中東といえば、数日前にタイからバーレーンに女性を送っていた下のようなニュースが報じられていました。

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newsclip より。

バーレーンは中東の国ですが、そこの法律はバーレーンの大使館のページによると、下のように書かれてあります。


司法制度

バーレーンの司法制度は、法律に基づいた裁判所制度と、イスラームの伝統に則ったシャリーア(イスラーム法)裁判所制度の二本の柱によって構成されています。



そして、そのイスラム教において、上のようなタイの場合のような犯罪は「女性のほうにもどのような罪が適用されるか」というと、 Wikipedia にはこのようにあります。


売春

イスラムにおいて婚前交渉は厳しく禁止されており売春は重罪である、特に異教徒との関係は禁止されており、既婚女性が不倫を行えばジナの罪として死刑になる。




東南アジアなどでは、「アラーを唯一の神と信じるか」と聞かれてハイと言えば、 「偽装改宗」という方法で、異教徒でもイスラム女性と付き合うことは可能となるそうですが、そういうのが通じるのも東南アジアまでくらいで、中東やアフリカではそれも基本的には無理。

そして公式に禁止すればするほど、物事は「悲惨」になっていく。




それにしても・・・世の中のこのウソっぷり



今回のアメリカのことも、上の中東の事件も、あるいは毎日毎日、起きている日本での様々な「イヤな感じの」出来事も、これらのように

この世のあらゆるシステムの上に大きなウソがある

という理由は大きいと思います。


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▲ 映画『地獄の黙示録』(1979年)より。




今の日本の中絶などに関しての法律は私はよく知らないですが、しかし、中学生や高校生(結婚している16歳以上は別でしょうけれど)たちが堂々とそういう行動をとれることもないと思います。

では、公式の許可の得られない若い彼女たちはどんなところで、どの程度の金額で、そして「どんな相手から」そういうことをおこなわれているのか?


女性の母体に復帰することのない傷を受けてしまうと、その女性が今度は「いつか妊娠を自ら望んでも」それは非常に難しいことになります。




ダリアの帯を読んでいた頃を思い出し

私は若い頃の自分の価値観の多くを漫画家の大島弓子さんの作品から学びました。

その大島弓子さんの漫画には『ダリアの帯』という作品があって、若い夫婦の話なのですが、奥さんがちょっとした事故で流産してしまって、それから奥さんは正気を失っていき、今でいう統合失調症のようなことになっていってしまいます。そして、それは悪化の一途を辿ります。

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いろいろなストーリー展開はあるのですが、結局、旦那さんはそれから数十年間、正気を失ったままの奥さんを自分が死ぬまで面倒を見ます。

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▲ ダリアの帯のラストのほう。もう何十年も、奥さんは自分の旦那を認識しなくなっています。



今回の記事の最初に貼ったのは、上のコマの後のほぼラストのひとこまです。

今でもそうですが、若い時に読んだ時には泣きました。

大島弓子さんのキャラクターの絵は可愛いので、悲惨な感じはまったくないのですが、それだけに、言いようがない感情に支配されます。



なんだか話の流れがよくわからなくなってきましたけれど、アメリカの法律のニュースを読んで、個人と国家のバランスはどこの国でもなかなかうまくいかないものだなあと思って記事を書き始めたんですが、バラバラになってしまいました。


ところで、お若い女性などで、大島弓子さんの『ダリヤの帯』や『四月怪談』、あるいは、『秋日子かく語りき』などを読まれたことのない方はぜひ読んでみて下さい。今リンクを貼る時間がないですが、 Amazon でも楽天でもヤフオクでも必ずどこかにあるはずです。あとで時間があれば、横に Amazon か何かのリンクを貼っておきます。



国や人により主義主張はあるでしょうけれど、法律というのは、かなりの部分において「実際には個人の幸福を考えていない」という事例は多いです。すべての法律が私たちのためにあるとはいえない面があります。


なんだか、話のテーマをまとめようとしてまとまらなくなってしまいましたけれど、もともと何かの結論を出そうというシリーズでもないですし、このシリーズはこんな感じで何のまとまりもなく進むようにも思います。
タグ:ダリアの帯


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posted by noffy at 10:26 | 現世人類としての最期に