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2013年01月19日

「なんとなく感じてたことがはっきりとわかってきた」ことを知る 1979年から 2013年までの自分の時間



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▲ In Deep に載せる機会がなかった Google Map でギリシャのテッサロニキの近くで見つかった「胎児の形の施設」。これは軍事と関係ある施設の模様。意味ありげではあります。今回の記事とは全然関係ないですけれど
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33年前の今ころ、パンクのために札幌でひとり歩いていた夜を思い出して

今日、寒い夜の外をボーッと歩いていたら、

「はじめてライブに行ったのはこんな感じの冬の夜の札幌だったなあ」

と思い出しました。

ストラングラーズという英国のバンドで、それまで一度も日本に来ていなかったので、初来日だったんですが、なぜか東京も大阪にも行かずに「北海道の札幌だけ」に来たのです。ロンドンから真っ直ぐに。

すでに英国ではゴールドディスクを獲得していた人気バンドで、札幌にだけ来た理由がわからないのですが、

「あれは何年だったっけかなあ」

と、インターネットで調べてみても、その事実がまったく出ていない。

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▲ その当時のストラングラーズ。インターネット時代になってから知りましたが、わりとみんな大変なインテリだったことが判明。こんな見た目じゃ、当時はそうは思えないわな。

ちなみに、上の写真では左の人がボーカルなんですが、スウェーデンの大学と英国のブリストル大学で生物学を学んでいた時に、「神から音楽をやれ、という声が聞こえて」バンドを始めたのだそう。本人は今でもそう言っています。


その数年後にストラングラーズは東京・大阪などをまわった正式な日本ツアーをおこなうのですが、その数年前に実際にあった「札幌のライブ」の記録がまったく見当たらない。執念で探していたら、1979-198Xというページに下の記述がありました。

stranglers-1979.jpg


「あれは1979年だったのかあ」と、思い起こします。

年代から見ると、私が 16歳の時ですので、高校1年だったようです。
33年から34年前になるのかあ・・・。


当時住んでいた場所から札幌は決して近い町ではなく、まして、そんなパンクバンドのライブに一緒に行くような人もいないし、今と違って、「チケットの入手方法がわからない」という根本的な問題もありました。

結局、迷ったあげくにひとりで岩見沢という町から札幌までひとりで出かけることにしました。会場の「札幌大谷会館」なんて聞いたこともない場所なので、ほとんど行き当たりばったりでした。当時で、家から札幌のそのあたりまでは2時間から3時間くらいですかね。


寒かった記憶がありますが、上の表だと「1210」とあるので、1979年の12月10日のことだったようです。

人に場所を聞きながら、何とかその会場を探し当てたんですが、何だか、もう「騒然」としている。そりゃそうだと思います。札幌に英国の有名パンクバンドが来るなんて初めてのことだし、北海道中のパンクスが集まっている感じで。

私はしばらく、そこでボーッと立ってその騒然とした様子を見ていたんですが、チケットを持っていないことを思い出しました。「とにかくチケットを」と会場周辺を見回したんですが、チケットの販売場所が見当たらない。うろうろとしていると、年上らしい女の子が声をかけてくれました。

女の子 「どうしたの?」
わたし 「チケット持ってないんですよ」
女の子 「あっちにダフ屋がいるよ」
わたし 「ダフ屋だけですか」
女の子 「そうみたい」



ということで、「正規のチケット売り場がダフ屋」ということになっていたようですが、そのダフ屋だと言われた人のところに行って、

わたし 「チケットまだありますか?」
ダフ屋 「あるよ」
わたし 「いくらですか?」
ダフ屋 「〇〇〇〇円」(忘れました)
わたし 「じゃあ、ください」



と買ったのですが、確か、正規の料金とほぼ同じだったんです。
あんまり売れていなかったのでしょうね。
ダフ屋の人もあせっていたのかもしれません。

まあ、そんなわけで、これが最初のライブ経験だったんですが、それはそれとして、最近、私は、若い頃に聴いていた音楽の「歌詞」なんかを調べたりしています。

昔は歌の歌詞なんて全然気にしたことなかったんですよ。

でも、先日の記事の、

「億の神が地下水で眠っている」で始まる歌に救われて 28年目に(以下略)

なんかにも、あぶらだこというパンクバンドの歌詞なんかを載せたりしましたけれど、「なんかの観念を若い時に、無意識にたたき込まれてきた」ような気はしたんです。

今日も夜道を歩きながら、上に書いた「1979年のストラングラーズ」の歌を思い出していたんですが、すると、少し前に自分で、動画に歌詞をつけていた日本のバンドの歌詞の意味と通じるところがあることに気づいたんです。

たとえば上のストラングラーズの、私のライブに行った1979年頃の歌は・・・プロモになっているものは多くないですが、下のような歌があります。

当時のストラングラーズの中ではポップな曲なので、比較的聴きやすいかと思います。

わりとコメディ仕立てのプロモに仕上がっていますが、歌詞を訳してみました。
歌は Bearcage (クマの檻)という1979年の歌です。




The Stranglers - Bearcage (1979年)

必死に働いて点数稼ぎ
サメと泳ぐオレを見てくれ
新しいレース
新しいタイプの競争
恥辱の存在として生きることが恥ずかしい

ああ、オレはいつまでクマの檻の中で暮らし続けるんだ?

奴らは真実なんてオレには言わない
若者はどんどん若さを失っていく

車を売って
肉を売って
いろいろ売って
奴らは王様のように生きていく

オレはいつまでクマの檻の中で暮らし続けるんだ

奴らはブリュッセルでもアムステルダムでも手に入れられる
なあ、オレのドレスデンの夏の日々を返してくれよ
でも奴らはいまだに平和警察をそこに置いてる
地図に線を引くとそこにはオレがいる

オレはいつまでクマの檻の中で暮らし続けるんだ










そんなにこの意味がわかるわけではないですが、なんかこう「管理されること」の歌ではありそうな気がする。


そして、一方は、日本の1980年代。

ハードコアパンクの嵐が吹き荒れた中に、「カムズ」というバンドがありました。

日本の最初のハードコアパンクバンドのひとつで、このバンドはボーカルがチトセさんという女性だったんですが、そのカムズのアルバムの代表曲「人間狩り」という曲の歌詞が下。




The Comes - 人間狩り (1983年)

人間は機械になってゆく
尊重されるのは一人だけの意志

人間は狩られる
機械として狩られる
正義の名のもとに猟奇的になる

人間狩り
みんな一緒だ
誰でも同じだ

No No No!

狂ったように人を狩っていく
進歩の過程に本能が顔を出す
あっちでもこっちでも攻撃が始まる
誰も見えない目だ
どいつもこいつもやっちまえ

人間狩り
みんな一緒だ
誰でも同じだ

No No No!





こちらは、私がアップした動画がありますが、ハードコアパンクで、聴きやすくはないです。
参考までに貼っておきます。





他にも多くを含めて、私は音楽から「管理されるな」ということを無意気のうちに学んでいた感じはあります。

「反抗」ではないんですよ。
反抗も抵抗も暴力もまったく不要なんです。
受動的でも内向的でもいいから「管理されない」こと。


この「管理されるな」というのは、たとえば、よく言われるのは、権力とか、政治とか、そういうような相手を想定する人も多いですけれど、そうではないです。

私の中では「全部」なんですよ。
政治家も神様もまんじゅう屋のおっさんも同じなんですよ。


だからまあ、生きていて面倒くさく感じることも多かったかもしれません。


それにしても・・・。
あのライブに行ったのが 16歳の時で、そして、今年はもう 50歳に達しようとしているなんてねえ。

思っている以上にあっという間に人生なんて終わっていきそうで、それは救いといえば救いだし、あるいはまだ「記憶」を作っていってもいいのかもしれないですけれど、精神的な意味では、自分自身では今となってはもうかなりの「不動」で、それは「完全なる精神の孤独」ともいえるかもしれないですけれど、これが不完全だと、むしろ怖くて人となんて交われないです。


でも、年をとって「なんとなく感じてたことがはっきりとわかってきた」ということはあるかもしれません。


今はひ弱げな文化人となってしまいましたけれど、芥川賞作家の町田康さんが17歳の時に書いた「気い狂て」という歌のラストの部分を歌詞つきで貼っておきます。

50歳になって、やっと、町田さんの「17歳の頭のレベル」に少し追いつけたのかもしれません。


INU - 気い狂て (1981年) / 作詞: 町田町蔵(康)




なんとなく感じてたことがはっきりと分かってきた
まんじゅう屋のおっさんも
さすがに今日は憂鬱げ

ええ加減にせんと気い狂て死ぬ


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posted by noffy at 20:12 | 23 to 24