場所はどこだかわからないですが、私はひとりで広い白い廊下みたいなところを歩いているんです。片側が窓になっていて。
まあ、下の写真は今、適当に作ってみました。
このように歩いていたんですね。

ふと気づくと、途中から私の横に女の子がいるんです。
そして、私はその子と話しながら一緒に歩いているんですよ。
浴衣っぽい和服を来た女の子で、まあしかし、見ようによっては白装束にも見えなくもない女の子なんですが、実際の生活では見たことのない女の子です。
20歳に届かない年齢くらいに見えます。
突然のことですし、なんだか私も嬉しいやら照れるやらで、「昔のプロレスってさあ」とか、いろいろと下らない話とかをしていたんですが、ふと、その女の子が、私の顔を両手で持って、「キス」してくれたんです。口に。
真っ正面から私の顔をみて。
私はそのまま彼女の顔をよく見てみたんですけど、やっぱり知らない女の子。
少なくとも実生活では。
でも、その瞬間、私は彼女が好きになってしまいました。
そして、彼女に向かって、
「あの・・・その・・・今はあれなんですけど・・・」
というような曖昧極まりないことを言い続けていると、彼女は、
「それはいいから」
と言って、私に「自分の左手を見るように」とうながします。
私の自分の左手(だったと思うけれど)を見てみると、手相の線のひとつひとつのところに何か丸い紋様のようなものがついている。たとえれば、下のような黄色の部分のある陰陽みたいなマークがついている。

「ほお」と思ったけれど、でもやっぱりそんな陰陽だの何だのより、浴衣の彼女のことが気になるわけです。
「こんな不思議はどうでもいいので、もっと話をしましょう」
と彼女に言おうと思ったところで、その夢の場面は変わってしまったんです。
しかし、起きた後もその女の子の顔をずっと思い出していて・・・でも、やっばり誰かわからない。
ちなみに、髪型はいわゆるベリーショートの髪型で、そういう女性の知り合い自体がわりと昔からいなかったですしね。その短さは、たとえば、中国の歌手のフェイ・ウォンが『恋する惑星』で切った時くらいの感じ。

▲ フェイ・ウォンが出演した『恋する惑星』(1994年)の1シーン。
あー、夢に出てきたのも上みたいな場所だったかも。
でも夢の彼女はフェイ・ウォンみたいにキリッとした顔の人じゃないです。
もっとぼんやりした顔で。
ふー・・・。
いい年をした中年がブログでこんな話を書いてどうなる(笑)。
しかし、もし彼女が浴衣ではなく、「白装束」なら、いつかどこか私の知らないところで死んだ女の子なのかもしれないしなあ。死んでから夢の中に出てきてキスしてくれるというのも、なんかいいかも。
死者に愛されるのも悪くはないと思うこともあります。
(いい子ならね)
先日のクレアの記事の「架空の死である 「Xゾーン」を求めてから 20年たって」というのでもエグめの動画載せてしまったんですけど、今朝、その夢を見てから、また昔の演劇の動画から、あまり関係ないストーリーを作っていました。
まあ、エグいですので見なくてOKです。
そういえば、夏越えをした冬の花たちもずいぶん元気になりましたけど、今度は、寒さとの戦っている夏の植物たちが多くなっています。
夏に瀕死だったジュリアンは下の状態まで立ち直っています。

最近は、なかなか生きているのも疲れる時も多いですけれど、そういう時に限っても「夢が引き止めてくれる」というのも過去あったかもなあ、と。
今夜もあの子、出てきてくれないなあ。
まだまだ話はあるんだけれど。