2012年11月03日

ヌーワの再誕から1年

少し前に、昨年10月におこなった小さな公演に出てくれた女優さんが私の住んでいる町までやってきてくれました。昨年のクレアの記事では、「10月4日に生まれて」あたりにたまに書いていた公演です。

実はあの公演が終わってからその出演者ともスタッフともほぼ誰ともこの1年間会っておらず、マナさんという彼女から電話がかかってきて、「そろそろ会いたいですよー」ということで、やってきてくれたのでした。

公演では彼女は「ヌーワの概念」を体現する少女の役でした。

舞台設定は曖昧で形而上的ですが、自殺を繰り返して最後は目を閉じて生きようとする少女が「目を開けて世界の光を見て生きていこうと決めるまで」の話でした。


そのラストは下のような感じでした。

shyz2 - 赤色反応 ラストシーン / Reborn of NUWA



「世界がホワイトアウト(闇ではなく光によって世界が消えていく)する」というようなイメージです。


上に出ている女優さんがそのマナさんという人です。
所沢まで来てくれて時に居酒屋で話していて、下のような話となりました。


わたし「それにしても知り合って結構長いよね」
マナ 「オカさんと知り合った時に、高校を卒業した頃でした」
わたし「十代か・・・。どのくらい年齢違うんだっけ?」
マナ 「ちょうどひとまわり違うんですよ」
わたし「じゃあ・・・オレが30歳くらいの時かな」
マナ 「そうですね」
わたし「20年。しかし、そう考えると、今でも付き合いのある人って、どちらかが十代の時に知り合って、そのままって人が多いんだよね」
マナ 「オカさんって付き合い長いですよね」
わたし「むかし会った人とだけ。オレらは特に男同士は互いに尊重も尊敬もしないから気が楽なのよ。この世の最低のバカ同士がいい具合に知り合った感じで」
マナ 「(笑)」
わたし「オレ、異常なほどキチガイだもん。普通の人と付き合うのはその人に申し訳ない」
マナ 「まあ、オカさん気楽ですよね。怒んないし」
わたし「イギリスのコイルってバンドにディーンエイジ・ライトニングっていう曲があるんだよ」
マナ 「どういう意味ですか」
わたし「意味は知らないけど、直感的な閃きだけで他人との精神のつながりを瞬間的に築けるのは十代だけだというんだよ」
マナ 「ああ、なんかわかる気もする」
わたし「精神の直感とか、形而上の結びつきでの関係ができるのは十代までらしい。今の世の中では、そこから先は『利害』とか損得の概念が人間関係に出てきちゃう」



確かに、十代の時の私は「感覚だけで生きていた」という部分が大きいです。

逆にというと、年をとってから知り合った人で、長く付き合っている人はあまりいないんですよね。正直、相手を尊重しなければならないというような関係はキツくて。

どうしてなのか以前はわからなかったんですけど、まあ、最近思うに、聖書なんかを信じれば、「にみんな神様だから」ということかもしれなくて、つまり、見下すことも見上げることも本来はこの世には存在しないんだろうなあと。


マナさんと何時間か飲んだ後、駅まで送っていくときに、駅前でその近所の店の「メイドバー」の女の子たちがチラシを配っていました。


マナ 「駅前にメイドちゃんとかいるんですね」
わたし「彼女たちもかわいいでしょ。今はもう女の子のルックスは異常にすごい」
マナ 「そんなにですか」
わたし「オレ、3年くらい前から急に女の子がきれいに見えだして、今も進んでる」
マナ 「前にも言ってましたもんね。吉祥寺の女の子? でしたっけ」
わたし「その子と初めて会った翌日から風景が変わったのよ。不思議な話だけれど」


そうなんですよ。吉祥寺のクリスチーネと出会ってから「目がおかしく」なって、それ以来、一貫して周囲の風景は変わり続けています。それは今も相変わらずです。

吉祥寺のクリスチーネが今も存在しているのかどうか、そもそも、あれが現実だったのかどうかは今となってはもうわからなくて、あるいは全部自分の妄想だったのかもしないですが、素晴らしい経験でした。


Sponsored link




posted by noffy at 04:29 | 23 to 24