2012年01月16日

カオス元年



ふるさとは雪のカオス

下のスクリーンショットは、YouTube にあった今日、1月16日のテレビでのニュースだそう。

snow-2012.jpg


この「北海道岩見沢市」は、私の生まれた町なんですね。
東京に出てくるまでここに住んでいました。
ここが現在、水没ならぬ「雪没」しています。

岩見沢という町はもともと雪の多い地方として北海道でも有名で、北海道で最も雪が降る場所のひとつなんですが、今年の雪の量が半端ではないことは年末あたりから、実家の電話で聞いていました。私は「いくら何でもそのうち収まるんじゃないの?」などと言っていたのですが、全然収まっていないようです。

他のニュースにはこうありました。

昨夜7時の段階で、積雪量が182センチを記録し、42年ぶりに市内の積雪記録を更新しました。その後、測定の機械が故障したため現在の積雪はわかりませんが、平年の2.5倍から3倍の積雪があるとみられてます。


42年ぶりということは、42年前には同じような豪雪があったということのようですが、そのころ、私はこの岩見沢で小学1年くらいだったと思います。

その冬を思い出してみましょう。
うーん・・・・・わかんないですね。

背が小さな子どもたちにとって、いつも積雪は自分より高く積もっていたので、それがどのくらいの積雪量かなんてわからないです。

あ! でも、その年、友達の家の庭で遊んでいた時、屋根から落ちてきた雪の直撃を受けて、友達共々、雪に埋もれたんだった!
すぐに家の人に救出されましたが、この屋根からの落雪での怪我はかなりあったと思います。


ああ、他にも42年前の雪で思い出したことがありました。

父親の実家(今はないです)が岩見沢の近くの栗沢という町にあって、大家族で大きな家だったんですが、お正月に遊びに行った時に、台所の建物の屋根が雪で押しつぶされて倒壊したのでした。

子どもでしたが、その「廃墟的光景」を今でもよく覚えています。

その時は台所に誰もいませんでしたが、私のような子どもが、もしあそこにいたら屋根に押しつぶされていたと思います。

雪が多い時は昔の家はあちこちで倒壊というか、屋根が雪に押しつぶされたり、部分的に穴が開いたりしましたが、今年も実家に電話してきいてみると、「お隣の屋根の雪が2メートルくらいになっていて、そろそろまずい」とのことでした。

昔の北海道の住宅はどこも三角形のトタン屋根で、かなり急な角度がついていて、雪が落ちやすく作られていました。


sankaku.jpg

▲ これは今の写真ですが、昔は木造の家にこういう屋根がついている家がほとんどでした。


今でもトタン屋根の家はたくさんありますが、ここ20、30年では家のデザイン的には雪の少ない地方の住宅とあまりかわらない作りの家も多くなり、それらは屋根に「雪を溶かす装置」がつけられています。熱線とかそういうものですね。

どうやら今年は部分的に、一般的な想定での雪の量をはるかに越えてしまって、「雪解け装置が効追いつかない状態」にまでなっているようです。積雪のスピードが例年よりものすごく早いらしいです。


そして、どこの地方でもそうですが、高齢化が著しい北海道では自分で屋根の雪を下ろすことができないご老人が多く、当然、そのような雪下ろしや除雪などを代行する業者がたくさんあるのですが、受注が多すぎて、「全然、手が回らない」のだそうです。

場合によっては、屋根や庭に雪が積もり放題に積もり、「そのまま雪に家が埋もれていくのを見ているしかない」というような状態に陥っている場所や家もあるようです。


他の国でも、この冬は、寒いところはものすごいことになっているようで、今朝の CNN には「480キロの海氷突破、露燃料船が孤立した米アラスカの町へ」というニュースがあり、米国のアラスカ州西部沿岸の町が悪天候で孤立していたということを知りました。

他にも、北インドやアフガニスタンや、あと昨年もそうでしたが、イングランドの一部やレバノン、もちろん、米国でも各地で大雪のようです。


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上の写真はアフガニスタンのカブールの昨日の様子。AFPのものです。



それにしても、北海道の本格的な雪のシーズンはむしろこれからですので、どうなっちゃうんだろうかと、いささか心配ではあります。


また、今の北海道は極端な車社会で、つまり「車が動かない状態は文明が動かない状態」なんです。

道路の除雪も追いついていないらしく、いろいろと難しい面がありそう。

車がなければ何もできない。
経済も流通も止まる。
これが北海道の現在の真実です。


私の小さな頃は北海道も今ほど車社会ではなく、徒歩で買い物ができたものですが、今では「カップ麺ひとつ」でも車がないと買いに行けないというような場所も多いです。近くにコンビニがある場合はラッキーですが、多くの場合は、「車がないと(車が動かないと)何もできない」という部分はあります。


個人的に引っ越しと救急車搬送で始まった私の 2012年ですが、実家のある地方も混沌としているようで、全面的に「カオスな新春」というようなイメージはあります。



ポリス・ヴィアンのように

引っ越ししてから、まだほとんど誰にもお礼も挨拶の連絡もしておらず、少しずつ電話やメールをしているのですが、引っ越しで手伝ってくれた昔からの知り合いのジローさんに電話しました。

ジローさんはクレアの昨年の記事「1987年のダッチワイフの神様への儀式」あたりに出てきた人です。

その時の会話など。


ジロー 「引っ越しどう?」
わたし 「こないだ倒れて救急車で運ばれちゃったよ」
ジロー 「マジ? 原因は?」
わたし 「わかんないの。過労もあるとは思うけど」
ジロー 「オカはさ、カラダ弱いんだから気をつけないと」
わたし 「あああ、なんか白雪姫みたいに扱われたい」
ジロー 「白雪姫だとどんなふうに扱われるんだよ」
わたし 「あれ? 白雪姫ってどんな話だっけ」
ジロー 「ガラスの靴が」
わたし 「違う」
ジロー 「リンゴだ」
わたし 「ああ、リンゴが・・・」
ジロー 「木から落ちて・・・」
わたし 「引力を発見したやつだっけ?」
ジロー 「それじゃ、ソントンだよ」
わたし 「ソントンはジャムだろ」
ジロー 「引力の人ってなんだっけ?」
わたし 「サイクロン式」
ジロー 「それは吸引力だろ」
わたし 「ああああああああああ!」
ジロー 「どうした?」
わたし 「十代の頃はさ、オレはボリス・ヴィアンみたいに死ぬんだなんて思ってたんだよ」
ジロー 「ボリス・ヴィアンって誰?」
わたし 「あんまり知らない」
ジロー 「どう死んだの?」
わたし 「知らない」
ジロー 「死に方も知らないのに、死に方に憧れるのかよ」
わたし 「その頃、町田町蔵の歌とか大友克洋の『気分はもう戦争』とか、いろんなところでボリス・ヴィアンのフレーズが出てたんだよ。なんか、語感がかっこよかったんだよ」



そうそう。
先日倒れて、救急車で運ばれる時に、「オレってこんな死に方を望んでいるのではなかったのだよなあ」と思ったんです。

ポリス・ヴィアンはともかくとして、どうも、男性には「自分の未来の死に方」を最初から美化したいという面があります。いや、「男性」と書きましたが、女性にもあるのかもしれません。

というのも、大島弓子さんの漫画で『雛菊物語』というものがあり、これが、自分の死を夢想する主人公の女の子の場面から始まります。

その漫画は、主人公の、


極上のワインを一瓶
雪の上で飲み
眠る
凍死する



という言葉と共に彼女が夢想している場面から始まります。

hina-giku.jpg

▲ 『雛菊物語』の表紙。


この漫画に感化されて、学生の時にはじめて脚本を書いたことを思い出します。
どんな脚本だか忘れましたが。

ただ、この『雛菊物語』と私のような者の「妄想」が違うのは、女性の妄想はかなり「現実的だ」ということでした。この漫画でも、主人公の女の子は自殺願望があり、家族が協力して、ショック療法でそれを治す経緯を大島さんらしい脱力した、ほのぼのとした世界観で書き上げています。

しかし、多くの男性が妄想する「自分の未来の死に方」には、ほとんど現実性がないことが多く、私もそうですが、やはり男性は頭がおかしいということが、自分でもよくわかります。

しかしそれは危険な一方で、様々な「奇想天外」も起きる。

男性という存在は頭がおかしくて、(実は)現実的なことを考えるのがニガテで、本当は「夢にどっぷりハマッている」。そこから生まれるものは、考えられない性犯罪や、大殺戮だったりすることもあれぱ、それまでなかった芸術や音楽や科学というのもある。


「ということは・・・」というところでまたよくわからなくなってしまいました。


大体、上の話と下の話が全然リンクしていなくて、ごめんなさい。

上に出てきたボリス・ヴィアン関連ということで、町田町蔵(町田康)さんの 1982年の歌『ポリス・ヴィアンの憤り』を貼っておきます。もう 30年も経つんですね。うーん、早いような一瞬のような・・・。なんちゅーか本中華。



十代の終わりの私が最も好きだった、「私の青春ソング」のひとつです。

そういえば、この 1982年も北海道は大雪でした(やっと話がつながった)。


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posted by noffy at 18:26 | ニシオギ日記