2012年01月06日

ここに来た意味は『富士山』なのかなあ



私が移転してきた場所は、埼玉県の所沢というところの割と奥なんですが、転居してからの1週間ほどの最大の難関は「寒さ」でした。

夜間は平気でマイナス 130度くらいまで下がります(やめろって)。

夜になると、脂肪分の少ないジイサンなどが次々が瞬間冷凍でフリーズドライと化していく。そして、夜明けと共に太陽の光で徐々に解凍され、また歩き出すフリーズドライ人間たち(本当にやめろって)。


中学生の時、学校の課題読書で『デンドロカカリヤ』という安部公房の小説を読んだことがあります。細かい内容はよく覚えていないですが、道を歩いていて、「突然、体の外側と内側(内臓)がクルッと逆転して植物となる」というようなことが書かれてあったような記憶があります。

「ああ、あれはできればなあ」と、風に吹かれて思い出します(逆転しても寒さに対処できないだろ)。いやまあ、対処はできないんですが、体の外側と内側で交互に寒さを凌いでみるとかしてみたいとか。

こんな寒さを経験したのは北海道生活以来かもしれませんが、外でいくら寒くてもわりと平気なんですが、家の中が寒いのは許せない。

どうしても、「桃太郎侍ふう」の顔つきになります。

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▲ なんか違うような気もしますが、なんでもいいや。


寒さ対策といえば・・・たとえば、「着る毛布」というのを買ったのですね。場合によっては、「 Kill M.O.F. 」というほどに実力のある実力あったかアイテムです。

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▲ 寒地で大人気の「着る毛布」。今の近所にあるパルコの無印良品にも(デザインは違うけど)ありました。


今もその着る毛布を着て書いているんですが、ふと、立ち上がったとき、


「ハレ・クリシュナなオレ・・・」


というキーワードが頭の中を走り抜けました。

crishuna.jpg



今の街

ニシオギでも街と人の風景をボーッと見続けていた私ですが、新しい町でもそれはあまり変わらなく、見続けています。

その結果として、今の風景を見ている中でひとつだけ願望はあって・・・それは、たとえば、今日、 In Deep のアメリカ国防総省が『時間を止める装置』を開発という記事で、「時間を瞬間的に空白にする」という技術のことをご紹介したのですが、あれは「タイム・クローク」という名前がつしいてましたが、願望は「ジイサン・クローク」。

瞬間的にジイサンの存在している空間を空白にするという技術です。

・・・というくらいに高齢化の波を感じる場所ですが、しかし、上にもちょっと書きましたが、唐突ともいえるように「パルコ」があったりする。

しかし、そのパルコは少なくとも午前中は、老人たちの憩いの場になっていたりする。

作りは他のパルコとさほど変わらない感じで、むしろユニクロやライトオン、そしてキャンドゥなどがあるせいで、価格的にも実用的な感じのパルコですが、特筆なのが、漫画家の人たちには垂涎の「世界堂」の支店があったりするのです。

今はよく知らないですが、漫画というのはケント紙というものに書くもので、また、多くの場合は「スクリーントーン」というシートを使います。
これは普通は本当に売っていないものです。

昔はみんな新宿の世界堂まで買いに行くしかなかったものでした。

私は漫画家ではないですが、かつて、漫画家の知り合いがなぜかとても多かったのです。漫画家といっても、主に当時の漫画誌『ガロ』などで活躍している人たちだけでしたけど。


あ・・・・・。タイトルの「富士山」にふれてなかったでした。



富士山に捧ぐ

fuji-2012.jpeg


簡単にいうと、うちのベランダから富士山の頂上が見えるんですよ。

私はそのことに全然気づかず、というより、富士山の方向もわからなかったのですが、奥さんが、富士山が見えることに気づきました。


わたし 「へえ、あれが富士山?」
奥さん 「他にあっちにあんな山ないし」



そして、私は下のことを思いました。


「富士山が噴火したら、この目で直接見られるんだ」


と。

さすがに、「ああ、それはすごい」と思いました。
富士山は何度も噴火しているとはいえ、その噴火を実際に目にした人の数は多くはないはずです。


富士山の噴火の可能性については、 In Deep の昨年の「「鎖国」と「富士山大噴火」を生み出した前回マウンダー極小期」という記事でも書きましたが、仮に、今年とか数年内に太陽黒点のない時代(極小期)に入った場合、過去の例でいっても、富士山を含めて、大きな火山の噴火の可能性はそれほど低くない気がします。

そして、その In Deep に書いた通り、ヘルメスのエメラルド板(エメラルドタブレット)が好きな私は、「上なるものは下のごとく」という概念が大好きであり、すなわち、火山の噴火というものは、


 > 地球内部から地上へ向けて物質が大放出される大きなイベント



だと思っています。

つまり、様々な困難や被害が伴うのは確かでも、それ(噴火)がなければいけない理由は存在するはずだと思っているということです。




私は基本的には人間として産まれてきてよかったと思っています。

楽しい人生だったとも思っています。
しかし、いまだに不満の部分が大きいです。

ずっとつきまとう、いくつか疑問というのか、疑念があって、これは死んだ後にはわかるものなのか、あるいはそうではないのかはわかりませんが、富士山の噴火を見られれば、いい死に様も感じられるのかなあとかは思います。


日記は時間があるときにも続けて書かせていただきますね。
タグ:2012年


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posted by noffy at 21:41 | ニシオギ日記