2010年02月22日

火星の有機物から思い巡らす「人間サイズ」の意味


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technobahn


(※)この記事はテクノバーンの英語記事をご紹介したものですが、後に、日本語記事も出ました。上のリンクがそうです。


昨日、記事をアップしたばかりなのですが、何だか久しぶりにまったく寝付けなくて、それなら、その記事の最後のほうに少しふれた、テクノバーンの記事「マーチソン隕石から見えざる有機化合物を発見」についてもう少し書いておこうと考えました。

Scientist finds previously unseen organic compounds from the Murchison meteorite(テクノバーン 2010.02.19)

これは、以前、普遍的人類は生命体として全宇宙を満たしているのかもしれないという記事の英国の天体生物学者、チャンドラ教授の言う「すべての宇宙の人間の種子は同じ」という感じの説とも相互に関係しそうなニュースです。

私は最近、この「人間と宇宙の関係」のことに一番興味があって・・・というより、他のことへの興味がどんどん減りつつあります。まあ、もうそろそろトシもトシで、そんなに人生も長くないでしょうし、それまでは好きなことだけ考えていればいいかなあというようにも思ったりしてはいます。

そのテクノバーンの記事の初めの部分は大体こんな感じです。
例によって、多分、英語の訳は間違えていると思いますが、雰囲気だけでもと思いまして、載せてみます。

40年以上前にオーストラリアに飛来したマーチソン隕石の最新の分析が天文学者を驚かせている。 この46億5000万年以上前のものである古い隕石に、「何百万もの見えざる有機化合物」が含まれていたのだ。 これは以前の科学技術では感知できなかった。そして、もしかすると、これはこの地球で活動を始めた生き物の種子なのかもしれないのだ。
この隕石の研究の結果は全米科学アカデミー会報で発表されるという。

ドイツの研究者たちは、21世紀の技術を使用することで、この炭素の豊富な隕石が、1万4000以上の異なった元素組成で構成されていることがわかった。ここには、生命の構成要素でもある何十ものアミノ酸を含んでいる。



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▲ マーチソン隕石。

この手の話はこれが最初というわけではなく、以前からあったようです。
NASAは、1996年に火星で見つかった隕石の中に、生命の痕跡らしきものがあると発表していて、しかし、この話は続報もなく、何となくそのまま消えたかと思っていたら、つい最近の2009年12月に、読売新聞のサイトにこんなニュースがありました。

火星の隕石やはり生命痕、NASAが新証拠

NASAジョンソン宇宙センターの研究チームが、最新の電子顕微鏡で隕石に含まれる磁鉄鉱の結晶を分析し直した結果、熱や衝撃で生成されたものではなく、ある種の細菌が体内で作り出したと考える方が妥当と判断した。研究チームは「生物由来説の正しさが強まった」と自信を深めている。


要するに、どちらも、研究機材などの発達によって、それまで感知できなかったものが「見えてきた」ということになるようです。

感知できないもの。

今でもいくつもそういうものはあるとされています。
以前はニュートリノなどもそうでした。その質量を持たないとされていたニュートリノに質量があることが1998年にわかったのですが、こうなってくると、そもそも「質量とは何か」というようなことにも繋がってくるのかとも思います。私は物理も化学も基本が全然わからないですが、「質量の概念」が変更されていくと、「生命体の概念も変わる」と思います。

私が今回のタイトルを「人間サイズ」としたのは、結局、人類はずっと、生き物や人工物に対しての大きさの価値観を「人間基準」で考えすぎていたせいで、見落としていることが多いのではないかという気がしたのです。

先日の私の記事の太陽のまわりにあるものは、大きさが目算では、木星に近いほどの大きさに見えるものもありました。人工物であろうと、自然のものであろうと、目の錯覚だろうと、「そんな大きなものが移動している」という想定はなかなかできないものです。

私たちが「大きい」と感じるものの大きさは、人工物なら、高層ビルだったり、巨大タンカーだったり、生き物ならクジラだったり象だったり。
それらは人間のサイズを念頭に置けば、理解しやすいものです。

「わー、大きい!」

と言える。

しかし、たとえば、その大きさが北海道と同じ直径とか、地球の30倍とか、銀河系3つ分とか、そういう大きさの場合は、もう想定できない。想定できないものはしないし、元型的に無視したい。

でも、相手は宇宙だからあるかもしれないとは思うのです。そして、それが生き物だったりしても、あるかもしれない。

そして、小さい方。

電子とか原子とか、光の粒子とか、まあいろいろ小さそうなものはありますが、そのあたり以下までは想定していなかったから、研究も進んでいないし、何より機材的に観測することも今まではできなかった。でも、宇宙線や(あるとすれば)暗黒物質などは、多分、そういうサイズの以下のものである可能性はあって、それが今、技術の進歩で少しずつわかりはじめてきそうな兆候はある。

そして、ニュートリノよりも小さなサイズの生物がいるかもしれないし、それは、そういうサイズの人類かもしれない・・・というようなことを思うのです。

たとえば、地球の進化論の基本は、「大きく」なっていったり、「複雑」になっていったり、脳などの機能が発達していったりします。しかし、それは人間が元型的に考える進化論で、「小さくなっていく進化」とか、「単純化していく進化」というのも、それはありかもしれない。

どうしてかというと、「宇宙人は種子は同じ」説のチャンドラ教授の説のままに考えれば、生き物の種子は宇宙中を隕石や彗星に乗って飛び回って、どんどんと(宇宙の無限さと同じくらいに)拡散していっている。

そうすると、到着する星によっては、地球の進化論と同じ進化をしたのでは「生存しにくい星」は必ずある。「進化」というのは文字通り「進んで化けていく」ことであり、また、「生存できるように環境に適応していく」というのが最大のポイントだと思います。

なので、その「細菌みたいな小さな生命の種子」が、どんな環境でも適応できるように進化していくとすると、たとえば、太陽系の中の星にすべて生き物がいるとすると、環境条件はすべて違うのですから、進化もまた違ったものにならざるを得ない。それは想像を超えた「有機物の構成要素レベルとしての進化」である可能性は高いように思います。

そして、出来上がった生き物が身長 0.00001 ミクロンのものであっても、それが進化ならそういうこともあるのじゃないかと。

私たちはもしかすると、「想像の根幹にある人間サイズ」を捨てなければならないのではないかというような感じはします。原子より小さな人類や、太陽よりも大きな人類というようなものが、意外といるのではないかなあと。


先日のヤスさんの記事であるミタール・タラビッチの予言全訳にあった、「人類は月や他の惑星に行くだろう」として、

彼らは生物を探すが、われわれに似た生物は見つかることはない。生命はそこに存在しているが、彼らはそれが生命であることを理解しないし、知ることもない。


19世紀のタラビッチも宇宙の生命体の形態について、「人類に理解できない形態」と言っているように取れます。
そして、その前にあるこの部分もいいです。


神よ、許したまえ。彼らは自分たちが神よりも全知全能であると信じているのです。そこでは神が創造した静けさだけがあるが、心の底では人々は神の美と力を見るのである。


この「彼らは自分たちが神よりも全知全能であると信じているので」に関しては、それを今でも物語るようなニュースもあります。

宇宙人は存在するのか? 英国王立協会が大まじめな会議を主催(AFP 2010年01月26日)

この会議で、ケンブリッジ大学のサイモン・コンウェイ・モリスという教授は「生命は地球上にだけあるもので、地球外には何も存在しない」と言ったそうで(これはこれですごいですが)、そこに続いてこういうことを言っています。

「彼らはアステカ族のように攻撃的で、非常に不愉快な存在かもしれない。(宇宙人はいないという)わたしの考えが間違っていて、(宇宙人が)電話をかけてきた場合、何があっても受話器をとってはいけない。『ハロー』と言わない方が良かったとあとで後悔するかもしれない」

どうして、こんなに奢ることができるのかが不思議です。どうして「人類は常に守られる存在」でなければならないのか? そんな理由は多分ありません。

まあしかし、このことはいいです。
多分、私やこの教授が生きている間かどうかは別としても、このような驕りと傲慢が粉砕される時はきっと来ると思います。

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▲ サイモン教授。白人。


考えてみれば、例のスピルバーグの宇宙戦争のエイリアンも冷酷無比ではありましたが、見事な人間サイズでした。

しかし、もっともこわいのは、「見えないほどのサイズの人類が襲ってくること」なのは明かで、たとえば、ニュートリノみたいな小さな生き物なら、人体のあらゆるところに入り込んで、その生き物が文明や兵器を持っていれば、人体など壊し放題。あるいは、宇宙線が地球の自然に干渉しているという説が正しければ、自身が宇宙線と同じ役割で地球を破壊していけるという傍若無人ぶり。


それにしても、まあ・・・私も想像たくましいこと・・・(苦笑)。

いずれにしても、現時点で地球の人間が存続していることは大変にラッキーというか、不思議なことではあるわけで(こんなに適応環境が限定されている生き物は宇宙全域ではむしろそんなにいないのでは)、人類というのは、地球の気温が70度くらいになっただけで全部死んでしまうような、あるいは水が一滴もなくなっただけで全部死んでしまうような、か弱い生き物である以上は奢っていても仕方ない。

人類が全滅しても、その後に、新たな「種子」が新たな進化に向けて環境に適応していくのだと思います。


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posted by noffy at 05:01 | 雑記