2010年01月09日

アンドロイドは電気羊の夢を見るか? - 夢を見たなら、それは体がアンドロイドでも人間

夢の話の続きです。
どうにも書きたいことがうまくまとりそうにもないので、ダラダラと書き続けます。

夢に本格的に興味を持ったのは二十代の初めの頃だったと思います。やはり、自分の神経症の問題などと関係していたかもしれません。19世紀に始まった夢判断という概念が、精神医学のジャンルにあったことなどもあり、当時、神経症で相当苦しんでいた私は、「夢を解析することが神経症やら精神的な安定に役立つのでは」と思ったわけです。

しかしまあ・・・現在に至るまで夢解釈が精神医学的に何か具体的な治療法を提示したかというと、多分ダメで、「人を精神的な苦痛から解放するためのツールとしての夢」ということに関しては、目標に到達しないまま現在に至っているという感じはあります。その理由は夢に意味がないからではなく、先日からの繰り返しになりますが、「現在の理性的な科学では解釈の根源に到達できないから」ということなのかなと私自身は思っています。

また、仮に、夢の持つ意味の解釈が何かによって正確にパターン認識化できるようになったとしても、そもそも見ている夢自体が「何の要因で見ているか」という部分は個人的な解釈で挑むしかないという問題もあります。たとえば、「眠っている時にトイレに行きたくなっている」から「そのせいで夢の中でトイレに行く夢を見た」という流れがあったとして、この夢にそのまま無意識の解釈を当てはめても何となく無理があるわけで、生理的刺激と夢、のような部分も加味して考えないといけないように思います。

また、人の人生や通常に起こる様々な感情、事件、恋愛などは全員違うわけで、それを加味することは本人にしかできないことで、個人の無意識レベルの夢の解釈でさえ難しいものだと思います。

あるいは解釈はできたとしても、それを自分の精神の問題解消やヒーリングに当てることはなかなか難しい。

もちろん、その下に「共通の無意識」や「元型」といったものがあるのだと思いますが、地球全体の人間社会がここまでうまく行っていないということは、今の人類は自分たちの元型の把握自体にまだ成功していないと思われます。

最近、太陽圏に関してのデータが NASA などから大量に出てきていますが、そこから見て、現在の地球のトラブルが「太陽系(圏)のトラブルとほぼ一致している」という推定に立って考えてみると、とりあえずは「太陽系を貫く元型」。そして、やはり「宇宙を貫く元型の把握」ということを考えざるを得ない感じになってきているようには思います。まあ・・・こう書くと、ナンカ難しそうな書き方となってしまいますが、つまり、「もう少しいい感じの社会を作るには、社会がいい方向に向かうように考えられる他の(根源的な)方向性があるのではないのだろうか」という感じのことです。

そのヒントは元型にあるとは思っていて、多くの人が元型にふれられるもっとも身近な存在が「夢」だと思っています。なので・・・つまり、みんなで夢をもう少し重要視して、夢を振り返りながら生きてみるのもいいのではないかとは本当に思います。

それだけでも世の中は少しよくなると真面目に考えたりするのですが。

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▲ 昨年12月に NASA が発表した「観測史上最古の銀河」の写真。画像左で丸く囲んだあたりがそうらしいです。(記事)。132億年前くらいのものとされていますが、こちらによると、特殊相対性理論を考慮すると、時間的な「今」とは「光の見えているその観測結果」を言い、130億光年あたりが観測できる限界らしいです。こうなってくると、「極端な広大と極端な身近」は同じようなものに感じます。


普遍的人類としての夢

私は基本的に保守的な考え方の人間なので、今の地球の人類の進化は進化論の結果だと思っていますし、また、生物史に夢見るロマン派なので(笑)、それぞれの生物の進化の役割を持って(終える時は終えて)ここまで来ていると思っています。

そのあたりと整合性がつかない問題(先史文明みたいな概念とか)へのひとつの提起として、昨年の WebBot の「普遍的人類」という言葉が出てきたと感じています。普遍的人類という言葉をどういうふうにとらえるかは人それぞれでしょうが、(宇宙の)いたるところに「人間」はいるというふうに私は解釈しています。「存在を満たす全部に、人間はいる」という感じでしょうか。

その「すべての宇宙を貫く元型」という概念が成り立つのだとすると、隣の家の奥さんも、地球からもっとも遠くの星のどこかの国の住人も、同じ元型の中にいるということは言えそうに思います。

うーん・・・。

どうも、このあたりで話が混乱してきました。今回もまとまりそうもないので、書けたらまた書いてみたいと思います。本当は個人の夢解釈のことについて書きたかったので、もう少し考えてみます。


ところで、タイトルに映画ブレードランナーの原作の「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」を使ったのは、上に書いた「元型」との絡みで考えれば、アンドロイドは夢を見ないし、仮に「夢を見たなら、それは体がアンドロイドでも人間」と結論づけられると思ったからです。ブレードランナーの主人公がアンドロイドを殺すことにあれだけ躊躇を持ったのは、彼ら彼女らにはそれぞれ「夢があった」からでしょうかね。

埴輪雄高センセは「山羊も草木も岩も空気もニュートリノも夢を見ている」とおっしゃっておりましたが、そうなると、「それらも人間なのか、人間の元型の産物だから夢を見るのか」というあたりが混乱しますが、まあ、今はどちらでもいいのでしょう。


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posted by noffy at 12:37 | ペアである自分