2009年03月23日

知覚とパニック障害

少し前に、「不服従の意志」のことについて書いて、その後、旅に出ますなどと書いていたのに、旅どころかここ数日、完全な引きこもりとなって調べ物をしたりしています。

精神的な・・・というより、「気持ちの昂ぶり(?)」みたいな感じってどうやら周期的なものみたいで、昨年の11月とか12月頃には、ものすごい高揚感のような・・・「これから何かが変わっていく」というような感覚というか、まあ、具体的なことは全然想定していなかったわけですけど、「ナンカあった」のです。

ところが、今年の2月くらいから先日くらいまではそういう気持ちの高揚感があまりなくなっていて、社会の変動ぶりはむしろすごくなっているのに、あまり感じなかったんですね。「ナンカ普通に戻ったな」と。

そして、「昨年のあの熱いのはなんだったのかな」などと考えたりしていたんですが、ここ数日、なんだかまた気持ちの高まりがぶり返してきています

先日、知った WebBot の(多分これからの最重要テーマ)「人類の進化」というキーワードに興奮しているのかもしれないんですが、いずれにしても、昨年暮れ同様の「ソワソワ感」があります。

なんか昨日から適当にたくさん書きまくっていて、むしろ申し訳ないですが、思いついたことすぐ書きたいので、今、飛び起きて書いています(躁状態に近いかも)。


上に「人類の進化」と書きましたが、どういう風に進化していくのかなどわかるわけもありませんが、さきほどの記事に対して(こちらの記事)、

今は

 > 人類が分岐点の前まで来ていて、右へ行くのか左に行くのか、その人自身が選択しなければならない。

というような時期なのではないかということと、そして、「人類の滅亡か進化か、という概念は、一つの事象に対する視点の違いによって生じる」のではないかというようなコメントを頂きました。

私もそう考えているところがあります。
単純な言葉だと以前もふれたことのある「価値観」でもいいと思います。
それが根本的に変わると。

そして、この「価値観」の大変換は、知覚とか精神とか、まあ・・・単語がうまく見つからないですが、要するに「感じ方が変わるから起こる」というようなことではないのかと。

たとえば、あくまでたとえばですが、「見ているものと存在の関係」(見え方がひとつではないとか)とか、WebBot にも何度も出てきている「時間の感じ方」(時間が止まるとか、過去とか未来の感じ方が変わってくる)とか、あるいは「距離の感じ方」(遠いとか近いとかの概念が変わるとか)とか、たとえばそういうようなことでも「価値観」って変わると思うんです。

そして、「人の死」に対しての概念もですよね。

まあ、この部分はテーマが大き過ぎて私にはわかりません。

そこで、わかる感覚の方を。
「時間の流れの感覚」と「見ているものと存在の関係」のことです。



パニック脳が見せてくれたもの


私は若い頃から、あるいは現在も単なる小康状態というだけではあるわけですが、パニック障害を伴う神経症だったというのは以前書いたことがありますが、「パニック発作」というものがどういうものかというのは、文字ではほとんど伝わらないんです。

かつてかなり多くの神経症の人やパニック障害の人と出会いましたが、症状自体が全員違うので、「こうなる」という類型化は無理なのです。

パニック障害には、大きくわけて次のふたつのどちらかが基盤としてあります。


・強迫観念を伴う神経症が下敷きになって発生する

・事件・事故が強烈なトラウマとなり発症するPTSDと呼ばれるもの



私は上のふたつのどちらもありましたが、後者のPTSDとは、戦争後に戦地から帰ってきた元兵士が深刻な精神の不安定や記憶のフラッシュバックに見舞われることで有名になりましたが、どんな原因でも起こります。自動車事故や性的被害、なんでも原因になり得ます。トラウマとなった原因が問題ではなく、「その人の気質」が問題だからです。
(同じ戦場で戦ってもなる人ならない人、同じ電車で事故にあってなる人ならない人、がいるように)

特に、PTSDの場合は、自分が苦しんでいる元の体験が人それぞれ違うのですから、いろいろと違うのは仕方ない。

共通しているのは「苦しい」ということだけ。
では、なぜ苦しいかということですが(これはあくまで私個人の場合であって、パニック障害に共通した症状では決してありません)、その最大のところは、

・自分は発狂してしまうのではないかという恐怖

です。

最近は調べたことがないですが、パニック障害に関しては多分ネットでいろいろな症状や症例が書かれてあると思うのですが、細かい部分は別にして総体的にいえば、パニック発作とは、

・脳と思考が本人に反逆している状態

だと思っていただければいいと思います。
そこでは、自分の考えを自分の考えとして冷静に対処できないし、時間の感覚や知覚そのものにも異常が起こります。


そして、やはり私だけの個人的な症状として聴いていただきたいですが、パニック発作の時には、時間が頭の中で勝手に前に流れていってしまうのです。

これが怖かった。

たとえば、「モノを考えている」という状態では、普通の場合は、一瞬一瞬、思考を止めながら考えているわけです。一瞬でも止めないと、考えを口を出したり文章にしたりはできない。実は意識的ではなくても、思考を少し止めながら人は考えている。

ところが(私の)パニック発作の時にはそれができなくなるんです。

思考はどんどん勝手に前へ流れていって、止めることができない。
頭の中で時間が暴走している状態」なんです。

この恐怖感は相当なもので、「パニック障害の発作そのものが新しいトラウマになる」という悪い循環が起こりやすいのも、こういう症状の激しさによるものなんですが、しかし、これが「精神的」というような曖昧なものではなく、あくまで他の内科系の病気と同じく、体のどこかが変化して起きている、「いわゆる病気なんだ」ということはすぐにわかります。

なぜかというと、「薬で症状が収まるから」です。

この「薬」というのが人によって効く効かないがいろいろで、一概には言えませんが、神経症には、ベンゾジアゼピン系という種類の薬が処方されることが多いのですが、私はレキソタンという薬がとてもよく効いて、二十代の頃はレキソタンがお守りでした。

さて、おもしろいのはこれらの薬と病気の関係で、これらのベンゾジアゼピン系の薬は古くから有効に使われてきている歴史のある薬なのですが、ではなぜ、神経系の病気に効くかというと、なんと「まだよくわかっていない」のです。

薬の働き自体はわかっているのですが(離れてしまった神経伝達物質を「くっつける」働き)、「どうしてそうなると症状が治まるのか」は推定の世界(昔の話です。今は違うかもしれません)。

クスリの世界は不思議な世界で、「理屈はわからないけど、効果があるから使われている」という薬は他の分野でもたくさんあります。


薬で症状が治まるということは、「人間の機能の中で起きている問題」であることは確かなわけです。
「精神的な問題」という「精神」は見えないものではなく、見えるものGABA受容体というもの)なんです。

なので、一方で言い方を変えると、「人間の機能の一部の変化だけで、人間は時間の感覚を別の捉え方として感じ取ることができるのかもしれない」とも言えそうです。


あと、パニック発作時の知覚の異常(変化)もかなりなもので、たとえば、「風景が歪む」んですね。
街並みや道路なんかもグネ〜と曲がって見えたりする。

「苦しいからそう見えちゃうんだね」と言われそうですが、本当に曲がったり色彩もおかしくなって見えているのですよ。

これもつらい。

ただ、私は経験がないので知らないですが、LSDとかマジックマッシュルームとかの知覚異常もそんな感じのような記述をよく見るので、恐怖心がなければ面白い現象なのかも。

それでも、やっばりこの「実際に風景が歪んで見えている恐怖」というのはあって、私などは若い頃、ムンクの「叫び」を見ても、まったく抽象的には見えなかったですね。
ムンクもなんかそっち系の病気があったのではないですかね。
あれは病人の絵だ(おいおい)。

こちらのこのムンクの日記とかそれっぽいです。

私は二人の友人と、歩道を歩いていた。太陽は沈みかかっていた。突然、空が血の赤色に変わった。私は立ち止まり、酷い疲れを感じて、柵に寄り掛かった。


で、ふと風景を見るとこんな風に見えて、ひゃーコワイと。

250px-The_Scream.jpg

パニック障害ってこんな感じです。(私の場合は)
本当に叫びたくなるんですが、それもまた恐怖なんですよ。
つまり「叫んでいる人」って変な人ですよね。
そう思われたくない。
だから必死で冷静にいようとする。


なんか話が逸れましたが、要するに、「人類の精神的な変容」なんて、どう対峙していいのかわからない大きな響きでも、上のパニック障害などのように「神経の中の受容体のちょっとの部分が変化しただけ」でも、人類の意識はぶっ飛んでいくことはありそうなことではあると予想はされるんです。

単なる経験的な話で、なんの理論も背景にはないですが(笑)。

中枢神経の中の物質という「見えるものの変化」なんですから、たとえば気候とか科学物質とか、いろんな理由で変化する可能性はあるのではないかなあ、とか。

「薬でも治らないけど恐怖感のない GABA 受容体の拡散」なんてこと、要するに「恐怖感を伴わないパニック障害」みたいなものがあれば、もうその人は「時間の観念も、物質の知覚も少し違う人」なわけで。


ちなみに、また話は逸れますが、医学の中でも精神医学が一番面白いのは、「まだ何にもわかっていないから」です。実は医者たちも自分が扱っている病気の正体の根の部分がわからないのです。

治療法はあっても、それは「わからないけど治る方法」というだけで、メカニズムの解明が放置されたままなのが精神医学の世界。
だから、多くの場合は、対症療法はあっても、「根本治療はない」のです。

このことは、神経や精神系などで病院に通われたことのある方はイヤというほどわかっていると思います。

(ただ、これは医者を責めているわけではありません。良心的な医者たちは手探りで少しずつ進めています。この「手探りで進む」ことが今の、またこれからの精神医学に一番大事なことだと思われます)

「進化すれば少しは精神のほうも解明されるかな」と願ったりもしています。
今の精神疾患と人間の日常生活の関係っていうのはあまりいい関係じゃないですし。



[追記]

パニック発作の時の脳の状態で、表現するいい言葉を思い出しました。
「同時多発的に」という表現。

上では「思考が止まらない」というように書きましたが、もっと正確に言うと、「脳のいろんなところから考えが一気に噴き出してきて、考えをひとつだけ選択できない」という状態の方が近い気がします。

「脳がムチャクチャ活性化していて、自分の手に負えなくなる」と。

お酒を飲んで酩酊していく時は「周囲の環境と自分の存在(と考えも)が次第に一体化していく」みたいな感覚があるわけですが、その逆かもしれないですね。「思考が環境から独立したがっている」みたいな。

・・・うーん違うなあ。

でもやっばり文字の表現は難しいですね。


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posted by noffy at 01:15 | TrackBack(0) | ペアである自分
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