2000年のジョン・ライドンの言葉
・ドキュメント映画『No Future』最近、セックス・ピストルズ関係の記事が多いのですけれど、ついでに、いまだに見たことのなかった、2000年に作られたピストルズのドキュメント映画『
ノーフューチャー
』の DVD を入手して見ていました。
このドキュメントは、旧メンバー全員の協力によって作られたリアルな回想ドキュメンタリーなのですが、途中で、先月書きました、
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人はいつも目覚めていなければならない - ジョン・ライドンのカート・コバーンの自死に対しての強烈な糾弾を見ての中で思った2つの疑問、すなわち、
1. ジョン・ライドンは子ども好きなのだろうか
2. なぜ、あれほどまでに怒っているのかという疑問が解けたのです。
「1」は Yes
「2」は、心の底から麻薬を憎んでいるから
なのでした。
ジョン・ライドン(ジョニー・ロットン)のメッセージはいつもストレートで強力なものですが、彼のドラッグに対しての怒りは半端なものではないです。
・No Future思えば、直接的な原因であれ、間接的な原因であれ、麻薬と関わって死に至ったすぐれたミュージシャンは多いです。ジミヘン、ジャニス・ジョプリン、カート・コバーン、ジム・モリソン・・・他にもいくらでもいそうですが、たしかにまったく無駄な・・・。
生きることと死ぬことの選択云々が無駄なのではなく「ドラッグで死ぬこと」が無意味な消耗にしか見えない。
考えてみれば、たとえば、レッド・ツェッペリンなどの偉大なバンドが次第に創造性を失っていったのも、メンバーがドラッグに溺れていった時期とリンクします。
ドラッグと創造性の関係を言えば、ジョン・ライドンの言葉である
「ドラッグは創造性をことごとく奪い取る」というのが正しい。
他の一切の解釈は存在しないと思われます。
私などは、こういうことをぼんやりと「あんまり良くはないのだろうけど」程度に考えていましたけれど、
あらゆるドラッグは、未来の人類の「敵」だと考えるようになりました。
未来の地球に不要なものです。
人間から「創造性」と「命の価値」を奪うものは、すべて未来の人類と未来の地球には不要です。
多くの人々に「強く」そう考えていただけると幸いです。
このドキュメント映画『ノー・フューチャー』の中に、クリスマスに消防署の労働組合だか何だかが長期のストを決行した際に、クリスマスに親不在で家に残された子どもたちをセックス・ピストルズがパーティに招待した時の様子が描かれています。
にこやかに、子どもたちにケーキを配るジョン・ライドンの姿と、笑顔を見せるメンバーの姿が印象的です。
・No Future21歳で死んだシド・ビシャスもドラッグにさえ手をだしていなければ、ジョン・ライドンと同じ「
子ども好きな社会的反逆者」のままでいられただろうに、と思うと、何とも悲しくなったのでした。

ジョン・ライドンも、シドを救おうと、かなり努力をしたようなのですけれど。

なお、この子どもたちのためのパーティで演奏した1曲目が、
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子どもの生命の取捨の選択は、それ自体が否定されるわけではなく、女性自身が賢明に考えることという記事の中で訳詩を書きました「ボディーズ」なんですね。
工場の作業台の上で掻き出される
違法な堕胎が行われる場所
便所に置き去りにされた包みの中で
小さな赤ん坊が叫び声を上げて死んでいく
死体が叫ぶ! クソみたいにムチャクチャにひどい話だ
なんて歌詞で子どもたちが踊っている(微笑)。
見れば、子どもたちもみんなピストルズのTシャツを着ているあたり、当時の彼らの人気がわかります。
何だか不思議と泣けるシーンですので、貼っておきます。
映画『ノー・フューチャー』よりとにかく、私が最近、ジョン・ライドンから学んでいることは、
「妄想にとらわれず現実を見て、目を閉じず、いつもしっかりと目を開け、自分の考えを持ち、苦痛を避けずにまっすぐ進む」という概念です。
posted by noffy at 14:13
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人類の未来